小説とは少し離れた自分の話をしたくて
駄文覚悟で書いてみようと思う。

まず私は引きこもり時代15~17歳位の時に
人と関わる事を全てシャットアウトしてしまった。
約、2年ほど。
勿論本当に数少ない会っても大丈夫な人はいた。
それは小説に今出てきている前の彼女であったり
もうその頃から付き合いがある地元の親友だったり。
中学生を上がって人との関わりを絶ってしまった私は
高校生が色んな事(人間関係や協調性など)をしている中、学ぶ事をしなかった。

きっかけはさらに面倒臭い事に
やっとの思いで対人恐怖症を治す為(勿論親に迷惑がかからないように仕事をする事が大前提)に、
就いた初めての職場で虐められてしまった事←今思えば私にも原因があり今の私は言い返す位強くなっている
これがきっかけで更に人が恐くなった。

そして私は折れてしまってから
家に籠るようになってしまったのである。
でも、18歳で転機が訪れた。
今よく言われてる陰キャと呼ばれている人たちと同じでコミュニュケーション能力を無くしてしまった私に
たまたま人間関係が最高ないい仕事に就けたこと。

これがきっかけになって元々明るかった性格を思い出して話せるようになった。
まぁこれもメンヘラ(と言っていいかわからないが)がきっかけで辞めてしまうんだけど

仕事がきっかけになり人が恐くて関わる事を辞めてしまった私が
また関わるようになったきっかけが仕事という何とも皮肉な話である。

ここからは本当に人とよーーく関わった
色んな人を見て色んな人と関わり
たくさんの事を学んだ。

そして現在の私は
・コミュ力のおばけ
とまで言われる人間に進化を遂げたのである。
ここに行き着くまでに相当な苦悩はあった
まぁ何れ小説に出てくる事なので
詳しくは書かない。

そして私は完全に
・人から相談される人間
というものになった。
これは私が人に興味があり過ぎておきた事で
自分から相談しやすい環境を人に提供している。

私はとても気まぐれで
たまたまゲーム感覚のようなアプリで知り合った22歳の男の子に
何気なしに自分の話をしたことがきっかけで
自己分析をする事になったのだ。

まず、私が生きている世界には
相談をしてくる人間がたくさんいて(私が自分でそうしている気がする)
でもそうゆう側の人達は私の悩みだったり
私自身を物凄く知りたがる事はなく
少しつつかれそうになる度に
私は相手が不快に思わない交わし方をしてきた

それが何とゲーム感覚のようなアプリでたまたま話した22歳の男の子に
自分の話をするようになった。
なぜなら彼は私に凄く似ていて
私たちは自分達のような人間を〘寄り添い方〙と名付けるようになったのだが(私が言い出したらしい)

私と似ている人間に普段出会すなんて事はやっぱりなくて
お互いに「わかる!!」というシンパシーを感じる程に理解し合える事だったのだ。

そもそも私は自分に興味が無いので自分の話をするのが退屈だし
相手の時間を割いてまで話すことでは無いと自己解決してしまう所があり
自分の話をする事は滅多にない。

そこで出会った彼は
私に興味を抱きパッションで私を知りたいという意志を示してきた。
普段こうゆうことも無く生きてきた私には
とても新鮮で
最近友人関係に悩んだ私は知り合って間もない彼にその出来事を話すという
私では有り得ない事をやったのだ。(彼と私の共通の友達?の相談)

その結果私は自分自身と向き合う時間が増えたのだ。
人間は自分だからこそ1番自分を理解しているらしい
どうやらそこも私は普通の人とズレてるせいか
人に興味があるけど
自分に興味がなく
+自分が嫌いであり
自分自身の感情さえも理解出来ないほど。

私は自分を大切にする方法をまず知らなくて
彼はとても一般的な考えで
ここは私が人とズレている(達観し過ぎている)という意見をもらい
考えてみた。

そして自分を語る上で出てくるのが
・最低な無感情の人間
・AIみたいな分析の仕方、感覚
こんな感じの私の裏側を自分で知ったのだ。

しかし疑問があった。

突然気持ちが揺さぶられたり
感情を乱される事が
とても不得意なこと。
それに耐えられずに私は強い自分自身という仮面を装着出来るようになってしまった事。
これはごく自然にやっていて
私はそうゆう人間になれた、のだと
さっきのさっきまで勘違いしていたのだ。

気付いたのは感情が揺さぶられたのがきっかけになり
私案外、器用じゃないんだなと思ったのがきっかけだった。

私は当たり前のように暴言や攻撃(モラハラ)に耐え抜いてしまった結果
私が生きていけるように強い自分をきっと作り出してしまった。

こうなりたいな、という憧れの親友がいる。
私はこうなりたいな、で
そうなってしまったのだ。
今はもうそれはナチュラルに存在していて
強い自分になりたいを強い自分になるに実行してしまったのだ。

普通にやってしまったからこそ
抱かなかった違和感
まず、強くなるにはきっとプラスな感情が芽生えないと真から強くなる事なんかできないはずで
私はマイナスが生み出した環境から
立ち直れる自分を作り上げてしまったのだ。
当たり前だが
それが生きるための唯一の策だった。

そして今の私自身は
こうなりたいと思っていた自分と
大嫌いな自分が同居してしまっているのだ。

強くなれた事は私自身とても有難い事であり
なりたい自分を無理してやってる訳でもないのである。
寝て起きたら嫌な事を忘れる
私にこんな事はできなかった。

でも出来るようになったのだ
これは悪い事ではない
しかし辛い事に耐える為にできた強い自分だと考えた時に
ある一定のメンタルの落ち込みまでに到らないように
作った事に気付いた。
これはよくドラマや漫画や映画に出てくる
虐待されたりした人が二重人格になるのと
もしかしたら近いものがあるのかもしれないな、と思うと
少しだけこわい。

私は本当に生きにくい生き方をしてきたんだろうな、と最近思う事が増えたっていう話でした。
次は本編に戻ります。