嘆きつつ ひとりぬる夜の 明くるまは いかに久しき ものとかは知る
(愛しいあなたがいらっしゃらないのを嘆きながら、1人で寝る夜がどんなに長く辛いものか、あなたはご存じ?)
作者は、『藤原道綱の母』
本名が伝わっていない事からそう呼ばれています。
有名な『蜻蛉日記』の作者ですね。
今年の大河ドラマ「光る君へ」では財前直見さんが演じる「寧子」という役名で登場しています。恐らく彼女の父の藤原倫寧からとったお名前でしょうね。
しかし、大河で兼家さまと道綱母のツーショットが見られるとは…!
平安ヲタクとしては感無量です
この蜻蛉日記。
古文の授業か何かでチラッと読んだ時には、
「なんか欲求不満のおばさんの恨みつらみを書いた、オドロオドロしい手記」
みたいに思っていたのですが、大人になって読んでみたらこれが面白い!
王朝の女性の本音が
「おいおい、そこまで書いちゃっていいの?」
ってこちらが心配になるくらい赤裸々に描かれていて、とても臨場感があるというか、色々リアルで面白いのです(*^□^*)
道綱の母──以下は彼女の作品にちなんで「蜻蛉」と呼びますね。
蜻蛉の夫は藤原兼家。
以前の記事でも少し触れた、中関白・藤原道隆や、「この世をば我が世とぞ思ふ望月の……」の調子ノリ和歌で有名な藤原摂関政治の完成形を極めた藤原道長のお父さんです。
蜻蛉はその兼家の複数いる妻の1人でした。
若き日の蜻蛉さんは才色兼備の評判も高く、名門の貴公子である兼家はかなり熱烈なプロポーズをして彼女を射止めたようです。
その辺りの馴れ初めもしっかり蜻蛉日記に書かれていて
「あの人ったら、ほんとにもう私に夢中だったのよ~」
という蜻蛉のマウント欲が仄見えて微笑ましいです(*´∇`)
若い時は
「うわ~。めんどくさい女。これは旦那も逃げるわ…」
と思って読んでいたんですけど、今読むとこの人、可愛いんですよね~。
憎めないところがあります
ともあれ、名門お坊ちゃまの熱烈な求愛にほだされて、彼と結婚した蜻蛉さんでしたが……。
この兼家さんという旦那さまはなかなかの艶福家でいらっしゃって、新婚のラブラブモードが少し落ち着くが早いか、早速、他の女性のもとへ夜歩きを始めます。
一夫多妻が常の世の中とはいえ、妻の側から見れば面白いはずはありません。
しかも、この蜻蛉さんはなかなか嫉妬心の強い御方で。
それがゆえに『蜻蛉日記』という作品を書き上げ後世にまで名を残したほどのお方なものですから、夫の浮気にいちいちキーッとなる
旦那さんが大好きなんですね
ある夜、しばらくぶりに兼家が彼女のもとを訪れます。
蜻蛉は内心は嬉しかったに違いないんですけど、別の女のもとへ通っている夫に拗ねてわざと門を開けさせませんでした。
が!
なんと、夫は入れて貰えないとみるや、あっさりと別の女のところにいってしまったのです( ̄□ ̄;)!!
ま、でも、そうなるでしょうね^ロ^;
兼家さんの反応も無理はないとも思うんです。
その翌朝。
一晩中イライラしたり、門を開けなかったことを多分後悔したりして過ごした蜻蛉が夫に送ったのが冒頭の歌。
それに対する兼家の返歌。
げにやげに 冬の夜ならぬ 真木の戸も おそくあくるはわびしかりけり
(いやいや。ほんとにごもっとも。仰るとおり。でも冬の長い夜だけでなく、門の戸だってなかなか開けて貰えないのはつらいものだよ)
だって、開けて貰えなかったんだからしょうがないじゃん?
とでも言いたげな、あっけらかんとした悪びれない歌が返ってきます。
藤原兼家という人は史実の中では、権力を得る為にかなり強引というか冷徹なこともやっていて、酷薄な政治家のイメージが強いのですが、この『蜻蛉日記』で描かれている彼の姿は、おおらかで屈託がなくて、豪放で、なかなかに魅力ある人物に描かれています。
蜻蛉は、兼家の自分勝手ぶり、自分のないがしろにされた悔しい気持ちなんかを、これでもか!というくらい書きまくっているのですが、そこから浮かんでくる兼家の姿というのは、妻のわがままやヒステリーを軽くいなしつつ、時にはなだめたり、怒ったり、甘えたりしている一人の男の人の姿で、私なんかからしてみると、とても可愛げがあるのです
そう思えるのは、きっと作者である蜻蛉さんが、なんだかんだ言いながらも、愛情をもって兼家のことを書いていたからで……。
『嫉妬文学』だと思われている蜻蛉日記は、実は、元祖ツンデレ女子による、とっても遠回りな『おのろけ文学』なのかもしれませんね
「これ嘆いてる風に見せかけて、高貴な夫にこんなに愛されたっていうマウント日記なんじゃないのー?」
と見抜いていたまひろはとっても鋭い
「蜻蛉日記」の中の蜻蛉さんは、兼家の言動にいちいち一喜一憂しているように見えますが「光る君へ」の寧子さんは、兼家さんより一枚も二枚も上手の敏腕女子に見えますよね。
悪夢に怯える兼家さまを「大丈夫、大丈夫」と宥めながら、さりげなく「道綱、道綱」と最愛の息子の名前をサブリミナル効果で脳内に刻もうとしている場面は面白かった(≧∇≦)
でも、それくらい強かで、ある意味達観して物事を見られるような人じゃなければなかなか自分のことをあそこまで赤裸々に書けないですよね。
道綱くんは、実資さんの日記の中では「一文普通の人(めっちゃお馬鹿)」みたいにこき下ろされていますが(;´∀`)
のちに倫子さまの妹を妻にしていることもあり、この先も道長とは絡む場面がそこそこ出てきそうですね。