見えることと感じることの矛盾
この目で見えることと
心の奥底で感じることに
矛盾が生じることが時折あります。
とてもシアワセそうに見えながらも
なぜか分からないけれど
寂しさや虚しさが感じられたり
悩み迷い苦しそうに見えながらも
そんな様子の中に
透明感や輝きを感じたり。
そんな矛盾を感じてしまった時
「本当にシアワセ?心底思えるの?」
などと、直接本人に尋ねたり
問い正してしまうこと(尋問や詰問)が
昔のわたしにはよくありました(反省)。
これはわたし個人の感覚であり
勝手な解釈なのだと理解しているので
もし何か矛盾を感じたとしても
伝えることは今はほぼありません。
なぜそんな風に感じてしまうのかが
ずーっと不思議でしたが
今日いきなりピンときたんですよねぇ。
わたしは見えていることの
奥にあるもの・先にあるものを
ついつい観ちゃうクセがあるのだと。
わたしたち人間は
表面と内面という単純なものではなく
まるでタマネギのように
何層もの要素でつくられていて
その中のある部分の層を
きっとわたしは観ている。
普段は伝えることのないそれらのことも
感じるがままにお伝えするのが
セッションという場。
自分の内側を見つめたい・観たい
と訪れてくれる方々に対して
寄り添いながら・導きながら
わたしはわたしで
感じるがままに伝えられることが
とてつもなくうれしくたのしい場。
セッションの形は
以前とさほど変わってはいないけれど
わたしの在り方は変わったなぁ
と感じるこの頃です。
ナチュプルの各種セッションメニューはコチラ
心の奥底で感じることに
矛盾が生じることが時折あります。
とてもシアワセそうに見えながらも
なぜか分からないけれど
寂しさや虚しさが感じられたり
悩み迷い苦しそうに見えながらも
そんな様子の中に
透明感や輝きを感じたり。
そんな矛盾を感じてしまった時
「本当にシアワセ?心底思えるの?」
などと、直接本人に尋ねたり
問い正してしまうこと(尋問や詰問)が
昔のわたしにはよくありました(反省)。
これはわたし個人の感覚であり
勝手な解釈なのだと理解しているので
もし何か矛盾を感じたとしても
伝えることは今はほぼありません。
なぜそんな風に感じてしまうのかが
ずーっと不思議でしたが
今日いきなりピンときたんですよねぇ。
わたしは見えていることの
奥にあるもの・先にあるものを
ついつい観ちゃうクセがあるのだと。
わたしたち人間は
表面と内面という単純なものではなく
まるでタマネギのように
何層もの要素でつくられていて
その中のある部分の層を
きっとわたしは観ている。
普段は伝えることのないそれらのことも
感じるがままにお伝えするのが
セッションという場。
自分の内側を見つめたい・観たい
と訪れてくれる方々に対して
寄り添いながら・導きながら
わたしはわたしで
感じるがままに伝えられることが
とてつもなくうれしくたのしい場。
セッションの形は
以前とさほど変わってはいないけれど
わたしの在り方は変わったなぁ
と感じるこの頃です。
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小さい頃から国語という科目は
特別好きでも得意でもなかったけれど
昔から変わらず読み書きが好きだ。
本を読むことはとにかく好きで
読みはじめると
もう止まらなくなってしまう。
1年のうちに何度か
そういうサイクルがやってくる。
わたしが寝食忘れてできることの1つ。
一方、こうして
急に想いを書き綴りたくもなる。
書き出すこと
しかもそれを人目に晒すことは
なぜそうしたいのか分からないけれど
わたしの中から湧き上がる衝動の1つ。
そういう衝動が
わたしの中に昔からずっと潜んでいて
それがいいことなのかどうかも
分からないままに
その衝動に駆られながらそうしてきた。
数日前から
「アナスタシア」を読みはじめた。
こういう本こそが
わたしの中のバランスを取るには必要で
栄養分を摂るかのように夢中で読み
カラダ・ココロ・魂すべてにたっぷりと
吸収されていくのを感じている。
本の中に登場するシベリア杉にも
わたしのココロは妙に惹きつけられた。
同時にわたしが生まれ育った場所にも
たくさんの杉の木々があり
わたしにとって樹木=杉の木というくらい
とても身近な存在だ。
雨がしとしと降り続き
雨音しか聴こえない絶好の環境下で
杉に縁のある場所に身を置いて
杉に縁のある本を読みながら
ゆっくりと静かな時間を過ごしている今。
少しずつわたしの中のバランスが
整っていくような気がする。
こういう時間を今は大切にしたい。
これからもずっと大切にしたい。
特別好きでも得意でもなかったけれど
昔から変わらず読み書きが好きだ。
本を読むことはとにかく好きで
読みはじめると
もう止まらなくなってしまう。
1年のうちに何度か
そういうサイクルがやってくる。
わたしが寝食忘れてできることの1つ。
一方、こうして
急に想いを書き綴りたくもなる。
書き出すこと
しかもそれを人目に晒すことは
なぜそうしたいのか分からないけれど
わたしの中から湧き上がる衝動の1つ。
そういう衝動が
わたしの中に昔からずっと潜んでいて
それがいいことなのかどうかも
分からないままに
その衝動に駆られながらそうしてきた。
数日前から
「アナスタシア」を読みはじめた。
こういう本こそが
わたしの中のバランスを取るには必要で
栄養分を摂るかのように夢中で読み
カラダ・ココロ・魂すべてにたっぷりと
吸収されていくのを感じている。
本の中に登場するシベリア杉にも
わたしのココロは妙に惹きつけられた。
同時にわたしが生まれ育った場所にも
たくさんの杉の木々があり
わたしにとって樹木=杉の木というくらい
とても身近な存在だ。
雨がしとしと降り続き
雨音しか聴こえない絶好の環境下で
杉に縁のある場所に身を置いて
杉に縁のある本を読みながら
ゆっくりと静かな時間を過ごしている今。
少しずつわたしの中のバランスが
整っていくような気がする。
こういう時間を今は大切にしたい。
これからもずっと大切にしたい。
結婚記念日に共に歩きながら想ったこと
つい数日前のこと
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7/1より新メニューに切り替わりました。
旧メニューは6月末にて終了いたしましたのでご了承くださいませ。
珍しく夫婦ふたりで過ごした
2回目の結婚記念日。
一緒に紫陽花参道を歩きながら
気分のままに足を止めるわたしを
そのまま見守ってくれることも
さりげなくわたしのペースに合わせ
危ないとさっと支えてくれることも
たのしくおしゃべりできることも
同じものを観て感動できることも
静かに祈りの時間を持てたことも
いろんなことをひっくるめて
彼と共にこの道(=人生)を歩めることが
とてつもなく心地がいいなぁ
コレってシアワセなことだなぁ
と改めて思ったのでした。
これまでの2年があっという間過ぎて
まだ2年しか経っていないの?!と
というのが正直な感想ではありますが
共に歩み続けていくこの先の道も
これまで通りにゆっくりと
共に味わい、共にたのしんでいきます。
そしていろいろ方とのたのしいご縁も
共に紡いでいけたならなおうれしいです☆
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それぞれの愛の形
がんばり過ぎちゃうのも
心配し過ぎちゃうのも
厳しくしちゃうのも
甘やかしちゃうのも
やさしくするのも
怒っちゃうのも
受け入れるのも
見守るのも
断るのも
すべては
その人がよかれと思っての行為。
表現方法はさまざまだけれども
どれもがそれぞれの愛の形。
ちなみにこの写真は
同じ時刻の西の空と東の空。
こんなに雰囲気が違うけれども
どちらもそれぞれの空模様。
すべての人のすべての行為は
愛に基づいているんだ、と
それぞれがそれぞれでいいんだ、と
そう思えた瞬間
見方や感じ方はガラッと変わるよね。自分に向けている言葉
本やテレビやネットや会話を通して
ハッと気づかされたり
なるほどと納得したり
グッと心揺さぶられたり
そんな言葉たちに出逢うことがある。
そうするとわたしは
すかさず手書きでメモをして
その紙をトイレに貼っている。
わたしがわたしのために
繰り返し聴かせたい言葉たちを
次々に貼っているだけなのだけれど
当然ながら夫も娘も目にするわけで
新たに追加すると必ず
「あれどういう意味なの?」とか
「あの言葉いいねー。」などと
自然に話題になるのがおもしろい。
わたしが今何を考えて
日々生きているのかが一目瞭然だし
それを家族とも共有できるし
毎日毎日それを目にすることで
密かにわがやのトイレは
潜在意識に働きかける空間になっている。
ちなみに新作は↓コレ☆

--
昔、誰かに言われて
イヤな思い・ツライ思いをしたこと。
その言葉を無意識のうちに
自分の内側で繰り返し繰り返し
自分に向けて発してはいないだろうか?
もしそうだとしたら
昔その言葉を発した相手と
今の自分は同じことをしていることになる。
それでいいのか?
その相手と似ている自分で
その相手と同じことをしたままで
本当にいいのか?
ただ不快で、求めることのない
昔の、誰かの言葉は
もうすっかり水に流そう。
そして
心地よく、本当に求めている
今の、自分の言葉を
自分で自分に発していこう。
今&これからの自分は
今この瞬間の自分が
どのようにでも創っていけるのだ。
--
つい最近交わした友人との会話の中で
グッときた言葉を
わたしなりにまとめてみたもの。
言葉ってホントにホントに大事です。
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ハッと気づかされたり
なるほどと納得したり
グッと心揺さぶられたり
そんな言葉たちに出逢うことがある。
そうするとわたしは
すかさず手書きでメモをして
その紙をトイレに貼っている。
わたしがわたしのために
繰り返し聴かせたい言葉たちを
次々に貼っているだけなのだけれど
当然ながら夫も娘も目にするわけで
新たに追加すると必ず
「あれどういう意味なの?」とか
「あの言葉いいねー。」などと
自然に話題になるのがおもしろい。
わたしが今何を考えて
日々生きているのかが一目瞭然だし
それを家族とも共有できるし
毎日毎日それを目にすることで
密かにわがやのトイレは
潜在意識に働きかける空間になっている。
ちなみに新作は↓コレ☆

--
昔、誰かに言われて
イヤな思い・ツライ思いをしたこと。
その言葉を無意識のうちに
自分の内側で繰り返し繰り返し
自分に向けて発してはいないだろうか?
もしそうだとしたら
昔その言葉を発した相手と
今の自分は同じことをしていることになる。
それでいいのか?
その相手と似ている自分で
その相手と同じことをしたままで
本当にいいのか?
ただ不快で、求めることのない
昔の、誰かの言葉は
もうすっかり水に流そう。
そして
心地よく、本当に求めている
今の、自分の言葉を
自分で自分に発していこう。
今&これからの自分は
今この瞬間の自分が
どのようにでも創っていけるのだ。
--
つい最近交わした友人との会話の中で
グッときた言葉を
わたしなりにまとめてみたもの。
言葉ってホントにホントに大事です。
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