そんなはずは・・・
「まさか、そんなはずはない!」
「そんなことがあるわけがない!」
「あの人がそう言うんだから間違いないはず!」
そう思っていたのに、いざフタを開けてみると…
びっくりするような事実が待っていてる。
ずーっと隠されていた真実が待っている。
そんな経験、したことありませんか?
わたしは個人的にそんな経験があります。
自分が信じている(信じたいと思っている)と
信じている対象も、うまく事実をねじ曲げて
ウソにウソを重ねて、自身を守ろうと必死になって
いかにもそれが真実なのだという風に説得に入ります。
しかしながら、信じている側も
自分がその対象を信じたいがあまりに
その説得を信じて「やっぱり大丈夫なんだ。」と安堵してしまう。
「おかしいなぁ…。」とどこかで思いつつも
どんどんと歪んだスパイラルに入り込んでしまうのです。
でも、やっぱり
必死に隠そうとしてきた事実は
何かの拍子にふと、そのフタが開いてしまう。
公になってしまう。
バレてしまう。
そうなってくると
「いったいどういうことなの?」
「今まで信じてきたものは何だったの?」
「わたしはこれからどうしたらいいの?」
と、混乱が生まれます。
パニックになってしまいます。
ココで大切なのは、しっかりこの混乱を味わうこと。
逃げることなく、目で、耳で、触れて、存分に味わうこと。
怒る必要があればしっかり怒り
泣きわめく必要があればたっぷりと泣きわめき
決して逃げることなく、事実を一度きちんと受け止めること。
このプロセスをしっかり味わったのであれば
受け止めた事実に対して
それを受け入れるのか、受け流すのか、立ち向かうのか
あとは本人次第。
「あれ?おかしいな…。」と思うようなことがあったら
まずはその想いをしっかり感じて
それに関する様々な情報を、様々な角度や情報元から得て
その情報をもって自分で考えて、自分で決断を出し、
そして、自分のために自分で行動する。
それしかないのだと思います。
「そんなはずは…。」とならないように。
「もしかしたら…。」と感じているうちに。
---
この前の田中優さんの講演をお聴きしたのをきっかけに
わたしが感じたことを綴ってみました。
自分で書きながら
自分自身に呼びかけているような気持ちになりました。
そして、これを読んでくださる誰かのココロにも
何か少しでも届けばいいなという気持ちにもなりました。
「そんなことがあるわけがない!」
「あの人がそう言うんだから間違いないはず!」
そう思っていたのに、いざフタを開けてみると…
びっくりするような事実が待っていてる。
ずーっと隠されていた真実が待っている。
そんな経験、したことありませんか?
わたしは個人的にそんな経験があります。
自分が信じている(信じたいと思っている)と
信じている対象も、うまく事実をねじ曲げて
ウソにウソを重ねて、自身を守ろうと必死になって
いかにもそれが真実なのだという風に説得に入ります。
しかしながら、信じている側も
自分がその対象を信じたいがあまりに
その説得を信じて「やっぱり大丈夫なんだ。」と安堵してしまう。
「おかしいなぁ…。」とどこかで思いつつも
どんどんと歪んだスパイラルに入り込んでしまうのです。
でも、やっぱり
必死に隠そうとしてきた事実は
何かの拍子にふと、そのフタが開いてしまう。
公になってしまう。
バレてしまう。
そうなってくると
「いったいどういうことなの?」
「今まで信じてきたものは何だったの?」
「わたしはこれからどうしたらいいの?」
と、混乱が生まれます。
パニックになってしまいます。
ココで大切なのは、しっかりこの混乱を味わうこと。
逃げることなく、目で、耳で、触れて、存分に味わうこと。
怒る必要があればしっかり怒り
泣きわめく必要があればたっぷりと泣きわめき
決して逃げることなく、事実を一度きちんと受け止めること。
このプロセスをしっかり味わったのであれば
受け止めた事実に対して
それを受け入れるのか、受け流すのか、立ち向かうのか
あとは本人次第。
「あれ?おかしいな…。」と思うようなことがあったら
まずはその想いをしっかり感じて
それに関する様々な情報を、様々な角度や情報元から得て
その情報をもって自分で考えて、自分で決断を出し、
そして、自分のために自分で行動する。
それしかないのだと思います。
「そんなはずは…。」とならないように。
「もしかしたら…。」と感じているうちに。
---
この前の田中優さんの講演をお聴きしたのをきっかけに
わたしが感じたことを綴ってみました。
自分で書きながら
自分自身に呼びかけているような気持ちになりました。
そして、これを読んでくださる誰かのココロにも
何か少しでも届けばいいなという気持ちにもなりました。