内的リソースの活性化は、その潜在力が認識されずにいる限り発生しない
かつて特定のタスクを割り当てられていた身体部分の活性化をやめてしまうのは珍しいことではない。
その努力が功を奏しない場合、状況は絶望的であると考えて障害に屈してしまう。
しかし、能力の実質的な欠損ですら、心身の他の部位が埋め合わせることができるということを認識しておくことは価値がある。
換言すれば、生命と動きがある限り、身体のある部分は必ず障害に抵抗する働きをするものとして利用できるのである。
絶望により、そのエネルギーを悪態に費やしているのだとすれば、浪費しているエネルギーの全てを他のところに注力すること、つまり、内的リソースの潜在力を信じてアクションを起こすことが大切なのである。
治療や改善に魔法は存在しないのであって、できる努力を続けることこそが希望の灯火を生み出すのである。