大宮さんの恋物語です。
毎日20時更新予定です。
ではでは・・・どぞ・・・。
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Side.N
さっきとは別日設定のため。
僕はスーツを着替えネクタイを変える。
おーのさんはワイシャツ1枚になる。
終業後で・・・天気は雨。
会社のある建物の1階ロビー。
傘がなくて困る僕。
駅まではたいした距離じゃないんだけど。
この後に人と会うので濡れるわけにはいかない・・・という事情を抱えている。
そこへ。
おーのさんがやってきて。
傘を貸してくれる・・・というシーン。
おーのさんはもうすでに。
これまでのシーンで・・・僕を特別視して気持ちが少し傾いている。
僕はというと。
少し遅れてこの雨のシーンで。
優しくしてくれたおーのさんを特別視することになるから。
この雨のシーンは大事な場面になる。
そう・・・つまり。
今度は僕がおーのさんにきゅんとなるシーンだった。
実はもう。
僕とおーのさんの代役で。
カメリハは終わってるから。
ここからの本番はほぼほぼ一発撮り。
おーのさんは雨にも濡れるから。
できればNGは避けたい。
さっきとは反対。
僕がNGを出すわけにはいかないんだ。
一度だけ・・・深呼吸。
僕のスタンバイ位置からはおーのさんは見えない。
代役の人が・・・僕の動きを再度教えてくれる。
とはいっても僕は。
ここではほとんど動きはない。
ほぼほぼ受け身。
でも大事なシーン。
心が。
おーのさんへと傾くシーンだった。
よーい!
スタッフさんの声で。
外に雨が降らされる。
おーのさんが濡れる雨。
僕はロビーにいるから。
濡れない。
街路樹が・・・大きく揺れている。
スタート!
エキストラさんたちが動き始める。
カメラも寄ってくる。
そして。
「どうしたの?」
おーのさんが。
僕に声をかけた。
あれ・・・。
なんか。
いつもよりちょときりっと見えて。
少しだけ。
どきっとする。
ちょっと低い声で。
落ち着いた演技をするおーのさん。
多分・・・僕への思いを。
僕が気になっている・・・っていう思いを少し出している感じなんだろう。
じっと・・・見つめられる。
こんな・・・感じなんだ。
攻めの演技をするおーのさんを。
初めて見た気がする。
視線を・・・外さないおーのさん。
強い視線のおーのさんの瞳が。
ダイレクトに心に刺さる。
僕は・・・見たことないおーのさんにちょっとどきっとしたまま。
演技を続けた。
「ぁ・・・傘が。なくて・・・。」
「・・・そっか。けっこう降ってるよね・・・。」
「はぃ。まあでも別に走ればいいんですけどね・・・。」
「・・・。」
「人と会うんで・・・このあと。濡れてたらみっともないから・・・。」
「あ。じゃあ。」
「・・・ぇ?」
すっと。
持っていたビニール傘を。
僕に・・・僕の手を取り持たせる。
触れる手・・・が。
熱い。
「これ。使って。」
「ぇ・・・でも。」
「俺はいいから。じゃあ。」
「・・・ぁ・・・。」
とん・・・と僕から。
軽くステップを踏むかのように一度離れると。
おーのさんがさっと身を翻した。
たっと小走りになると・・・すぐそこの。
開きかけた自動ドアから半身を滑りこませロビーを出て。
鞄を頭にかざすと一瞬も躊躇せず。
そのまま颯爽と・・・雨の中へと走って行ってしまった。
その動きが流れるように。
あまりにもスマートで。
走る姿が・・・なんかすごくかっこよくて。
演技・・・じゃなくて。
ちょっときゅんとして。
そして・・・本気で見惚れた。
おーのさんって。
こんなにスタイルよかったっけ・・・?
カメラが近くに寄ってきていたけど。
僕は。
走っていくおーのさんから目が離せなくて・・・。
ついさっき。
肩をもんであげて。
記者さんとぎこちない会話をしていたおーのさんじゃなくて。
今・・・ここにいたのは。
ちょっと。
僕の知らない大人の男のおーのさんだった。
本気出したおーのさんの静かな演技。
多分今回の映画撮影で・・・初めてのおーのさんからの攻めの動き。
受け身の僕。
・・・。
・・・。
傘を持つ手が熱い。
まだ少し・・・ドキドキしている。
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つづく