こんばんわ
たっちゃんです
フォトストーリー「この夜を止めてよ」では、cooちゃん、杉本涼さん、ラムーチャさんコメントありがとうございました♪なかなかコメ返しが出来なくてすみません
でも、変わりにいい「写心」これからもお届けしますのでこれからもよろしくです(汗)
今日は、趣向を変えてやまぐち大好きシリーズとして「旅ブログ
」を新たにしてみようかと♪
山口県の歴史や文化などもみなさんに紹介できればと思ってますよ![音譜](https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif)
さて、その第1章は11月28日(日)に開催の「防府天満宮裸坊祭」です
この祭りは西日本屈指の荒祭りとして知られています
菅原道真公は九州の太宰府に流される途中、船を防府の「勝間の浦」におつけになり暫くご滞在になりました。
公は酒垂山にお登りになり、「身は筑紫にてはつるとも、魂魄は必ずこの地に帰り来らん」とお誓いになり、家宝の金鮎12尾を国司に託して寂しく旅立たれました
延喜三年(903年)菅原道真公のお亡くなりの日、勝間の浦に神光が現れ、酒垂山に瑞雲が棚引きました
ここに国司土師信貞は菅公の御霊がお帰りになられたと、翌延喜4年(904年)この地の酒垂山に社殿を建立して松崎の社と号しました
これにより日本で最初の天満宮といわれています
この祭りは、大宰府へと旅立たれた道真公を勝間の浦の旅御所までお送りする当時をしのぶものとして
現在まで継承されており御神体を載せた「御網代(おあじろ)」に触ると御利益があるとの言い伝えから、毎年約5000人とも言われる「裸防」たちが出発の際に一斉に御網代めがけて我先にと殺到します(はっきり言って恐ろしい喧嘩祭りです)
勇壮でありながら豪快・・・
そして僕も今年、その渦中に巻き込まれ・・・あっそれはまた後ほど
これが御神体の祭られた御網代と呼ばれる駕籠です
そしてこれが、その駕籠を載せる牛車(車輪は2m位でしょうか)巨大です![叫び](https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/254.gif)
祭りは子どもたちの神輿から始まります
石段を駆け上がり、本殿に着く頃には息切れで苦しそうな子や
手を振ってカメラ目線で応えてくれるかわいいちびっこもいました(目つぶっちゃった)![ラブラブ](https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/035.gif)
そして次にこれももう有名になっちゃった「女神輿」がやってきます
例年多くの報道陣やアマチュアカメラマン
が殺到します
こんな感じでみんな釘づけです
でも・・・美しい、いやカッコイイですね
そして男神輿が本殿に次々とやってきます
実は彼らが「裸防」たちです
そして薄暮が近づき、午後6時・・・
いよいよ御網代が本殿を出発
このショット・・・実は超ラッキーなショットで![グッド!](https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/187.gif)
普通こんなにはっきり撮れません
実は、一般人は危険なので警察が「警戒線」なるバリケードを設置するため、なかなか御網代は見られないんです
僕も本殿裾でカメラ構えてましたら・・・なんと・・・そこに裸防の総責任者の方がおられ
そんなとこじゃ撮れんじゃろ(笑)こっちゃおいで
・・・と、バリケードを突破して裸防達の中に紛れ込み、この奇跡のショットが撮れました![メラメラ](https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/037.gif)
広角10mmで狙ったので遠くに見えますけど実際5m位の所にいたんですよ
ラッキー
ですが、僕も乱闘ありで相当もみくちゃになりながらであった事は言うまでもなく
怖かったすよ~(でも相当な運の強さだと自分でも実感!!)
そして無事、御網代は勝間の浦へ出発し、静寂が戻ってきました
この祭り、毎年11月末に実施されます
機会がありましたら是非お立ち寄りくださいね
PS こうやって作ると普通のアマチュアカメラマンらしいでしょ(笑)
ではまた・・・おやすみなさいzzz...
![アゲ×2](https://emoji.ameba.jp/img/user/at/atashiko/2074605.gif)
![星空](https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/122.gif)
フォトストーリー「この夜を止めてよ」では、cooちゃん、杉本涼さん、ラムーチャさんコメントありがとうございました♪なかなかコメ返しが出来なくてすみません
でも、変わりにいい「写心」これからもお届けしますのでこれからもよろしくです(汗)
今日は、趣向を変えてやまぐち大好きシリーズとして「旅ブログ
![バス](https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/166.gif)
山口県の歴史や文化などもみなさんに紹介できればと思ってますよ
![音譜](https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif)
さて、その第1章は11月28日(日)に開催の「防府天満宮裸坊祭」です
この祭りは西日本屈指の荒祭りとして知られています
菅原道真公は九州の太宰府に流される途中、船を防府の「勝間の浦」におつけになり暫くご滞在になりました。
公は酒垂山にお登りになり、「身は筑紫にてはつるとも、魂魄は必ずこの地に帰り来らん」とお誓いになり、家宝の金鮎12尾を国司に託して寂しく旅立たれました
延喜三年(903年)菅原道真公のお亡くなりの日、勝間の浦に神光が現れ、酒垂山に瑞雲が棚引きました
ここに国司土師信貞は菅公の御霊がお帰りになられたと、翌延喜4年(904年)この地の酒垂山に社殿を建立して松崎の社と号しました
これにより日本で最初の天満宮といわれています
この祭りは、大宰府へと旅立たれた道真公を勝間の浦の旅御所までお送りする当時をしのぶものとして
現在まで継承されており御神体を載せた「御網代(おあじろ)」に触ると御利益があるとの言い伝えから、毎年約5000人とも言われる「裸防」たちが出発の際に一斉に御網代めがけて我先にと殺到します(はっきり言って恐ろしい喧嘩祭りです)
勇壮でありながら豪快・・・
そして僕も今年、その渦中に巻き込まれ・・・あっそれはまた後ほど
これが御神体の祭られた御網代と呼ばれる駕籠です
そしてこれが、その駕籠を載せる牛車(車輪は2m位でしょうか)巨大です
![叫び](https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/254.gif)
祭りは子どもたちの神輿から始まります
石段を駆け上がり、本殿に着く頃には息切れで苦しそうな子や
手を振ってカメラ目線で応えてくれるかわいいちびっこもいました(目つぶっちゃった)
![ラブラブ](https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/035.gif)
そして次にこれももう有名になっちゃった「女神輿」がやってきます
例年多くの報道陣やアマチュアカメラマン
![カメラ](https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/111.gif)
こんな感じでみんな釘づけです
でも・・・美しい、いやカッコイイですね
そして男神輿が本殿に次々とやってきます
実は彼らが「裸防」たちです
そして薄暮が近づき、午後6時・・・
いよいよ御網代が本殿を出発
このショット・・・実は超ラッキーなショットで
![グッド!](https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/187.gif)
普通こんなにはっきり撮れません
実は、一般人は危険なので警察が「警戒線」なるバリケードを設置するため、なかなか御網代は見られないんです
僕も本殿裾でカメラ構えてましたら・・・なんと・・・そこに裸防の総責任者の方がおられ
そんなとこじゃ撮れんじゃろ(笑)こっちゃおいで
・・・と、バリケードを突破して裸防達の中に紛れ込み、この奇跡のショットが撮れました
![メラメラ](https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/037.gif)
広角10mmで狙ったので遠くに見えますけど実際5m位の所にいたんですよ
![クラッカー](https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/098.gif)
ですが、僕も乱闘ありで相当もみくちゃになりながらであった事は言うまでもなく
怖かったすよ~(でも相当な運の強さだと自分でも実感!!)
そして無事、御網代は勝間の浦へ出発し、静寂が戻ってきました
この祭り、毎年11月末に実施されます
機会がありましたら是非お立ち寄りくださいね
PS こうやって作ると普通のアマチュアカメラマンらしいでしょ(笑)
ではまた・・・おやすみなさいzzz...
![アゲ×2](https://emoji.ameba.jp/img/user/at/atashiko/2074605.gif)
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