みなさんお久しぶりです。
かなら前回のブログから間が開いて、気づいたら2026年になってました。
昨年からバタバタと忙しくしていた「事情」は何とかカタがつきました。
実は平成19年に糖尿病性網膜症で何度か手術しました。
手術自体は成功したのですが視力は回復せずに徐々見えなくなってきました。
どうせ見えないんだから検診受けてもねぇって眼科から遠のいていました。
私の視界は常にぼやぼや状態。
5~6年前眼鏡が合わなくなって眼鏡屋さんで視力検査してもらったところ、矯正しても両眼共0、05が限界と言われさ、その時は眼鏡作らずに帰りました。
結構そのまま検診うけずに放置。
「見えないものは仕方ない」で諦めてました。
去年の9月母が眼科に行くと言うので、そういえばも何年も検診うけてないなぁと一緒に行きました。
視力検査したところ、右目0、01左目0、02と診断されました。
主治医いわく障害認定受けなさいと即手帳と障害年金の診断書を書いていただき、市役所、年季を事務所とバタバタ。
年金は糖尿病性腎症の直接の原因となった糖尿病の初診日がわかる診断書が必要で。
初診でかかったAクリニックからは経過が悪く大きな市民病院病院へ転院させられました。
そこは7~8年お世話になり、数値が安定したのでかかりつけのAクリニックへ戻るように言われ平成30年Aクリニックにもどりました。
年金事務所の方はAクリニックの初診日がわかる診断書と市民病院の初診日がわかる診断書が必要といわれ、2つの病院にお願いに行きました。
Aクリニックは初診日が30年(市民病院から戻った日)と言い、でも網膜症の手術は19年にしているのでそれより前に受診してるといいました。
Aクリニックの医師は「しばらく来なかった時期があるでしょ?カルテは5年しか保管してないから初診日は分からない。あなたがそう言うなら平成19年より前なんだろうけどはっきりは書けません。」と。
私は内心「先生が転院させたんだろー!20年も通っているのに患者を覚えてないのか!?」と思いましたが、「分かりました。書ける範囲でお願いします。」と大人のは反応。
頼りは市民病院です。
市民病院は新しい場所に建った病院なので前の病院からかかっていた私は電子カルテ前の記録まで遡るのに1ヶ月かかります。と言われもう9月から11月末まであちこち病院行ったり、市役所行ったり、年金事務所行ったり休まる暇がありませんでした。
年金がもらえるかもわからないし、もう体力的にもメンタル的にもかなり辛かった。
11月末市民病院の診断書が出来たと連絡があり、朝イチで取りに行って、精神科受診、その足で年金事務所へ。
糖尿病の初診日は私が働いていて厚生年金ん納めていた時期だったので受給になるなと安心していました。
ところが年金は初診日から1年前までの納付状況で決まるんですね。
精神の時は明らかに未納だったので申請しませんでしたが、視力障害の方は働いていたので給付されると思っていました。
年金事務所の担当の方が納付状況を調べてくれて、2ヶ月足りなくて(あと2ヶ月早く就職していたか、2ヶ月遅く糖尿病の受診をしていたら良かった。)障害年金は受給できませんでした。
私は障害年金が受給されればこれ以上家族に経済的負担をかけずに済むと思っていたので、受給できなくてかなりショックで立ち直れませんでした。
9月からの不安と日々のバタバタですっかり生きる気力が無くなってしまいました。
統合失調症もパニック障害も悪い方へ、悪い方へと·····
そんな時
市役所から手帳が出来たと連絡をいただき母と
取りに行きました。
障害福祉課の方が色々制度の説明をしてくれて、ここでは詳しく書きませんが、経済的にかなり負担が軽くなり視力障害により、受けられる恩恵がたくさんあることがわかりました。
障害年金に振り回された年末年始でしたが、今メンタルもようやく回復傾向なあります。
精神障害、視覚障害、障害が2つのになってしまいましたが、みなさんのおかげで今こうやって福祉の力を借りてどん底か抜け出そうとしています。
きつい4ヶ月でしたが、新しい挑戦も始めました。
精神障害、視力障害で難しいこともたくさんたりますが、今年は飛躍の年にしたいです。
長文読んでいただいてありがとうございました。