今日は祖母の三十七回忌でした。
父の母親です。
祖母はもし生きていたら93歳くらいだそうです。
祖母の兄弟が集まれる機会との事ですし、私も育休最終日だったので参加させてもらいました。
祖母の兄弟は初めましての方もいらっしゃいましたが、
皆さまお元気で、そして皆様ゴーイングマイウェイという感じで楽しませていただきました
今日この機会を設けてくれた父に皆感謝していると思います
私もその一人です。
こんな機会なかなかないなと思って記念写真も撮らせていただきました。
祖母は私が生まれて2ヶ月後にお空に旅立ったそうです。
生後2ヶ月の私でしたから、祖母の記憶はありません。
でも、祖母にとっては亡くなる前に、初孫を見ることができたという記憶が残ったのかな。
この手で生まれたての赤ちゃんを抱っこ出来たのかな。
祖母は息子達だったので、女の子が生まれた事とても喜んでいたそうです。
嬉しいお話です
出会ってすぐにお別れしなくてはならなかったなんて辛かっただろうな…。
そして、私の名前は最終的に祖母が決めてくれたって
母が生前に教えてくれました。
最初母がこの名前にしようかなって思うって祖母に伝えたら、
男の子の名前のようにもきこえてしまうから、こうしたら?って一文字変えてくれたそうです。
私の名前は、今でこそたまに聞く名前ですが、
私が幼い頃から周りに同じ名前の子は誰一人いなくて、ちょっと恥ずかしかったりもしましたが、
大きくなるににつれて特別感があるなって誇りに思えました
なので私にとって祖母はとても特別な方なんです。
祖母は手先が器用で、お針子さんをされていたと聞いています。
生徒さんも沢山いらして、父曰く沢山女学生がうちに来ていたと。
今は殆ど残っていませんが、祖母の使っていた洋裁道具がいくつかあったそうです。
私が小さい頃祖母が作ったちゃんちゃんこ(はんてんと言うのでしょうか)が残っていました。
とても丁寧に作られていましたし、それを着るとタイムスリップしたような、
何だろう
コスチュームを着ているような感じで嬉しかった覚えがあります。
小学校の時の学芸会に昔の子役で2回ほど使いました
その後も冬になるとそれを来て勉強していた記憶があります。
それじゃないと落ち着かないって言う感じでした。
そしてボロボロになるまで着てました。
15年ほど前に我が家で猫を飼い出してから、そのちゃんちゃんこが猫の寝床に敷かれてるのを見て少し悲しい気持ちになった覚えがあります…。
まぁぼろぼろだったし、母はもういいだろうと思って使ったんでしょうね。
今思えば直してとっておけばよかったなぁって思います。
母や父から祖母のお話を時々聞いていたので、
祖母が生きていたらなぁって
よく思っていました。
会って話したかったって。
生きていたとしてもまだ90代。
まだまだ本当なら生きていてもおかしくないです。
母の母。
こちらのおばあちゃんは私が高校生の時にお空に旅立ってしまいました。
本当におばあちゃんの事が大好きで
今でもおばあちゃんのことを思うと悲しくて涙が出てしまいます。
おばあちゃんに甘えてばかりだったなって。
受験勉強なんかより
おばあちゃんと買い物したり
一緒に美味しいもの食べたり
悔いのないように過ごすべきだったって。
毎日でもお見舞い行ってあげればよかったって。
後悔ばかりです。
おばあちゃん沢山色んなもの買ってくれて
ありがとう。
私のこと、目に入れても痛くないって言ってとても愛してくれてありがとう。
今でも大好きです
おばあちゃんって本当特別な存在だと思います
私の娘には
身近なおばあちゃんって言う存在が無いなって、申し訳なく思います。
女の子にとっておばあちゃんって本当に特別。
お母さんには言えないこと、
おばあちゃんには甘えられること
あるんです!
おばあちゃんの温もり
おばあちゃんの優しさ
とても心地よかったし、
おばあちゃんと一緒にいることで
お母さんの事がまた更に愛おしくなったのも覚えてます。
娘には
私の母がこんな人だったんだよって
沢山教えてあげたいと思います。
おばあちゃんの事を考える事が出来た1日でした。
