1年前に書いたショートストーリーの複製です。一部加筆修正してあります。

このストーリーの中の某有名女優がわが家に電話をかけてきてくれたこと、手紙と写真をくれたことなどは実話ですが、もちろんそのほかの話はフィクションです。

 

おっと、離婚を経験し再婚し娘3人を育てて孫が5人というのも現在の事実ですが(笑)

そうそう、そういえば脊柱管狭窄症というのもわたしの持病でしたっけ ┐(´д`)┌ヤレヤレ

 

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わたしはまだ20代前半だったか。今となってはおぼろげな記憶のかなたの出来事だ。若かったよなと今になって思う。実はあのころ人気女優だったKにわたしは入れ込んでしまったのだ。もちろんファンクラブにも入った。ファンレターなるものも見様見真似で書いてみた。はたして読んでくれているのかもわからず、それでも書かずにはいられなかった。

 

少しでも役に立ちたい、そんな思いであえて批判的なことも書いてみた。それが功を奏したのか、ある日Kから手紙が届いた。中には数枚の生写真とカードに書かれた本人の手紙が入っていた。これには驚いた。まさかである。驚天動地とはこのことだと思った。あの有名女優のKがわたしに手紙を送ってくれたのだから。

 

手紙の「いつも私の心の支えになって下さって どうもありがとう!」という言葉には心底感動した。むしろ心を支えてもらっているのはわたしのほうだというのに。しかし、その後さらに驚くべき出来事をわたしは経験することになった。というのは、Kからわが家に直接電話がかかってきたのだ。

 

しかし残念ながら、その日は仕事で自宅にわたしはいなかったため、その電話に出ることはできなかった。「あのKさんから直接電話がかかってきたよ、年賀状ありがとうございましただってよ」という家族の話を聞いて、あのときの悔しさは今になってもまざまざとよみがえる。あのKさんと直接会話できたはずだったというのに…

でも、はたしてまともに会話できただろうかという一抹の不安もよぎった。やはり、話せなかったというのも、それも運命だったのだろうかと今になって思う。

 

その後、仕事が忙しくなりいつのまにかファンレターを書くこともなくなり、ファンクラブも退会してわたしは日常に埋没していった。そしてあのころから60年という歳月が通り過ぎた。一度は離婚を経験しているが、再婚し娘3人を育て、5人の孫たちは成人して、わたしを慕ってくれるという幸せなおじいちゃんになることができた。

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私はあのころアイドル歌手を引退して女優業に専念しようと奮闘していた。幸いなことに数本の連続ドラマも決まり、忙しすぎる芸能活動を送っていた。とはいえアイドル時代のように睡眠時間3時間とれたら贅沢というほどの日々ではなかったので、ファンレターに目を通すこともできるようになっていた。

 

そんなファンレターの中でひとつ気になったのがNさんからの手紙だった。そのほかのファンレターと違って、ただひたすらほめちぎるだけの手紙ではなかった。かなり辛辣な批判もあった。でもそれは私の心に刺さる言葉だったので、逆に心の支えになってくれるものだった。

 

Nさんからのファンレターはなんだか気になる。今度はいつ送ってくれるのかと、いつのまにか心待ちになるような私になっていた。それにNさんの住所は私が通っていた中学校から歩けば5分ほどの場所だった。なんと地元が同じだった。もしかしたらすれ違っていたかもしれない?と思うと何か運命的なものさえ感じたのだった。

 

そして、そうだ返信してみよう!そう思った。しかし、今の芸能界でそれなりの地位になっている私が一般の人に手紙を書いていいのだろうかという一抹の不安もよぎった。それでも返信してみたいという思いはつのる一方だった。

 

文章というものは不思議なもので、その人の人柄が如実に表れるものという話を聞いたことがあった。Nさんの文章にも人柄が感じられて、あわよくば会ってみたいとさえ感じたのだ。そして私は実行した。手紙に写真も同封して郵送した。喜んでくれるだろうかと不安だったが、そのあとに送ってくれたファンレターには喜びの言葉があふれていて私は心底うれしかった。

 

さらに私は挑戦してみた。電話をかけてみよう!と。直接話せたら何かが変わるのではないかと思ったのだ。でも、電話をかけるとNさんは不在で私の目論見は不発に終わってしまった。

 

その後、事務所の社長が会社の金を持ち逃げして事務所は倒産。私には根も葉もない社長の愛人疑惑がかけられ仕事は激減し、いつのまにか芸能界とは無縁な生活になっていた。

 

そしてあれから60年の歳月が流れた。80代後半となった私は今、両親も亡くなった実家でヘルパーさん頼りの一人暮らし。結婚をすることもない人生だった。ときおり今日のような春のあたたかい日には高齢者用のショッピングカートを押して近所の桜並木を散歩するのが日課だった。

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その日わたしは、あたたかい春の日に誘われて、のんびりと散歩に出かけた。近所にあるこの桜並木はわたしのお気に入り。杖をつきながらゆっくり歩く。春の空気を味わいながらゆっくり歩く。

 

すると同じ桜並木をひとりの老女がショッピングカートを押しながらうつむき加減でこちらにゆっくり歩いて来るのが見えた。わたしは少し疲れたので道端のベンチに腰をおろした。脊柱管狭窄症の持病があるので、あまり長い時間は歩けないのだ。

やがて遠くに見えていた老女もベンチに座り、お互いに軽く会釈した。特に話をすることもなく、でも同じ春の時間を共有しているような満たされた実感があった。

 

数分は経過していたであろうか、老女の手元からハンカチが1枚はらりと落ちた。「落ちましたよ、どうぞ」とわたしはハンカチを老女に渡そうとしたが、目を閉じてカートに寄りかかり眠っているように見えた。「こんなあたたかい日だし、眠ってしまったんだろうな」と思い、わたしは老女の膝にハンカチをそっと置いた。置く瞬間に「K」という刺繍がちらりと見えたが、わたしの心に響くものは何もなかった。

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私はカートを押しながら散歩に出たが、どうも体調がよくないのを感じていた。大好きないつもの桜並木なのだが、桜の美しさを鑑賞している余裕がないというか、少しめまいもする。胸の奥と背中に鈍い痛みも感じていた。すると、少し先にベンチが見えたので座って休むことにした。

 

ベンチには私と同じくらいの年齢だろうかお年寄りの男性の先客がいた。そのご老人に軽く会釈してわたしは目を閉じた。春のこのあたたかい日に見ず知らずの男性と並んで座っているのだが、私にはこのご老人ともう何十年も連れ添っているかのような不思議な充足感というか満足感があるのを感じていた。この平穏な時間はいったいどこから来るのだろうかと、本当に不思議だった。

 

ずっと目を閉じていた私だったが、やがて自分の姿を数m上から眺めている自分がいることに気づいた。あら、これって、もしかして……

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わたしは腰の具合もだいぶ良くなったので、また歩き始めることにした。隣の老女はまだ目を閉じている。よほど疲れたのだろうか、ゆっくり眠らせてあげようとわたしは思って、いつもなら立ち上がるときに出る「よっこいしょ」という声をこらえて立ち上がった。

 

立ち上がってから老女に軽く会釈してわたしはまた歩き始めた。しかし、なんだか不思議な感じがした。あの女性の隣に座っていると不思議な安心感が心に満たされるのを感じたのだ。あれはいったい何だったんだ?不思議だ。一度も言葉を交わしていないというのに。

 

美しい桜並木だ。また来年もこの並木を歩くことができるのだろうか。80代ともなると桜をながめるたびに、来年はこの満開の桜を目にすることができるのだろうか、という不安に襲われる。でもそれは、まぁ、仕方ないことなのだろう。

 

そんな想いの中、なんだか今日はとんでもなくすばらしい出会いがあるような予感にわたしは満たされていた。何の根拠もない予感ではあるが、予感と共にうれしさがあふれてくる。今日はきっと素晴らしい日になるに違いないという妙な確信があった。

 

そして、わたしは、一歩一歩を確かめるように、ゆっくりと桜並木を歩いた。

 

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翌日の朝刊には、かつての国民的アイドルで女優だったKの訃報が報じられていた。

 

 

 

きのうご紹介した恐怖のショートショートは、こちら下矢印

 

 

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