1970年のイギリス映画。監督は『アラビアのロレンス』のデヴィッド・リーン。むか~し一度見たけれど、「なんだ、若妻の不倫話か」(←オイ・・・)と思い、どこが名作なのかよくわからず大して感動もせずに月日が経ち・・・。

今回UNEXTで見られることがわかり、あらためて視聴。アイルランドの風景がすごく美しいという評判を聞き、もう一度見てみようと思ったのです。アイルランドは私にとって憧れの国なのです。

 

ドイツがヨーロッパを侵略し始め、アイルランドがイギリスに対して独立運動を展開している時代。アイルランドの港町に住む美しい娘ロージーは、年の差が離れた教師チャールズに恋をして自分からチャールズに告白し、彼と結婚します。しかし、彼との結婚生活は平凡で退屈。小説で読んだようなときめきや情熱がなく、次第に不満を抱いていきます。そこにイギリス軍将校のランドルフが赴任してきて、二人は一目で魅かれあい、不倫関係になります。二人は密会を重ね、やがてチャールズもそれを知ることになります。そして二人の関係は街中に知られるように・・・。

(この後ネタバレを含みます)

 

一方、独立戦争に使うための武器を陸揚げしていたアイルランド独立運動の闘士達がイギリス軍に捕まる事件が起こり、これを密告したのがランドルフと愛人関係にあるロージーだとなり(実はロージーの父親がイギリス軍のスパイだった)、ロージーは村人たちからリンチを受けてしまいます。

そんなロージーをかばって、村から出ていこうと助けるのは、ロージーに裏切られ続けた夫のチャールズでした。チャールズはロージーに別れることを告げ、しかしこの町を一緒に出ていこうと彼女を連れ出すのでした。

最後に、ロージーとチャールズはダブリンへ向かうのですが、二人が本当に別れるのかどうかは、含みを持たせて終わっています。

1970年のアカデミー賞で、助演男優賞、撮影賞を受賞。

 

こうして書くと、若い頃の私が「なんだ、若妻の不倫話か」で一蹴した理由もわかるけれど、50代になって改めて見た私の感想は、若い頃とは大分違いました。

 

まず、本当に、映像が素晴らしい。アイルランドの島の光景は息を呑むほどに美しいです。そして、それらの光景がロージーやランドルフ、チャールズの心境を象徴しているのです。

 

ランドルフが戦争後遺症で大きな音に脅えうずくまってしまい、心理的な暗闇の中に一人いるところにぽっと明かりがともり誰かが手を差し出す。その手を握ったら、彼は暗闇から抜け出ることができて、その手の持ち主がロージーだったのです。彼はロージーにしがみつくようにキスをします。そこから二人の恋愛が始まるのですが、ランドルフにとってロージーは単なる欲望解消の遊び相手ではなく、ロージーにとってもランドルフは火遊びの相手というわけでもないのです。どうしても惹かれ合ってしまう、理屈抜きで離れられなくなってしまうわけです。

 

ランドルフがこの島にやってくるシーンも印象的で、バスから降り立った彼の背景には黒雲が流れています。彼がこの島に不幸と災いをもたらすとわかる、陰鬱な登場シーンです。

 

それからロージーが夫を裏切りたくないけれど、でもどうしてもランドルフに魅かれてしまい悩んで庭を散歩するシーン。白い大きな百合が揺れています。その香りの中で、ロージーはランドルフへの思いを募らせていくのです。

 

ロージーとランドルフが密会する場所には紫の花が咲き乱れ、背徳と愛する喜びに花が揺れています。

 

とにかく美しい自然の光景が、登場人物達の心理を象徴していて、映像ならではの表現方法だなあと感心しました。

 

夫がありながらランドルフに魅かれてしまうロージー。

ランドルフはチャールズを傷つけたくないが、ロージーにすがってしまう。

チャールズはロージーを愛していて苦悩するが、ロージーを許そうとする。

それぞれがそれぞれを決して傷つけたくないけれど、どうしても自分の気持ちを止められない。

 

ランドルフは一番悲惨で、彼には出口が見えない。ロージーにすがっているけれど、彼もロージーとずっと一緒にいられるとは思っていない。戦争のトラウマに悩まされ続けている。

ランドルフは、戦争で今でいうPTSDになっていて、精神を病んでおり、結局自殺してしまいます。ロージーと別れなければならないという失望というよりも、自分の体験した戦争の恐ろしさから逃れられず、死によってしか解放されないと思った故の自殺だったと思います。結局、ランドフルは戦争で受けた自分の傷に苦しみ、ロージーに慰めと救いを求めたけれど、それが愛であったかどうかといえばそれも違い・・・。ランドルフが見つめ続けたのは自分の心の傷だったと思うのです。ロージーではなく。

 

ランドルフを演じた俳優はクリストファー・ジョーンズで、もうこのランドルフ役がぴったりはまっていて、陰鬱な感じのハンサムさんなのですが。リーン監督とうまくいかず、撮影は難航したそうです。この俳優さん、ロマン・ポランスキー監督の奥さんシャロン・テートと恋仲だったそうで、シャロンがあの恐ろしい事件で殺されてしまった後、精神的に病んで俳優業をほぼ引退してしまったのです。まさにランドルフみたいな人生だったのでした。(自殺はしていませんが)

 

ロージー。ランドルフ。チャールズ。誰一人、責められないなあ。誰一人、おまえが悪だ!と指させないなあ。

それが50代になった私の感想です。そして、何が本当の愛か、人を愛することがどういうことか、そこに是非はないなあ、とも思いました。

若い頃には持ちえなかった感想です。

 

アイルランドの美しい風景と共に、人間の心の複雑さが胸に迫った映画でした。うん、確かに名作だ。

若い頃はぴんと来なかった映画も、年齢を重ねて見返してみると、心に響くものがあるのだなあと思いました。昔の映画を見直してみようと思っています。