サムソン・オプションは「イスラエルが生存の危機にさらされるような侵略行為を受けたら、核兵器起動して敵を道連れに破滅する」戦略、というか戦略とも呼べない自分も他も滅亡させる最後の手段のことです。ユダヤの民は自分達の信ずる神にあの世で救済されるから滅亡ではないと思うのかもしれないけれど、生物としては完全滅亡です。


サムソン・オプションという言葉は、アメリカのジャーナリスト、セイモア・M・ハーシュの力作のノンフィクション『サムソン・オプション』で世界に知られたと思います。私もこの本で知りました。
 

ハーシュさんを初めて知ったのは1969年にベトナム戦争中起こったよるソンミ村虐殺事件を、この人が暴いたという本を読んだ時でした。ベトナム戦争時のアメリカ軍による虐殺事件を世界に知らしめた最初の報道だったと思います。ハーシュさんはこの報道で1970年のピューリッツァー賞を受賞しています。その後も数々の骨太の記事やノンフィクションを書いています。私は「ベスト・アンド・ブライテスト」を書いたデイビッド・ハルバースタムと、このハーシュさんがアメリカ最高のジャーナリストだと思っているのですが。

そんなハーシュさんがイスラエルの核武装の過程を描いたノンフィクションのタイトルが「サムソン・オプション」。アメリカでは1991年に出版されています(日本でも1992年に翻訳されて出版されています)。本のタイトルは英語では「The Samson Option: Israel's Nuclear Arsenal and American Foreign Policy」(サムソン・オプション:イスラエルの核武装とアメリカの外交政策)であり、この本の内容がそのまま表されています。そしてSamson Optionの前にTheが付いている点に注目。「サムソン・オプション」という抽象的な話ではなく、「イスラエルの」サムソン・オプションであり、サムソン・オプションという戦略がイスラエルの選択肢の中にあることを暴露しているのです。
 

これがフィクションだったらどんなによいかと思うけど、残念ながらノンフィクション。イスラエルは核兵器持ってますと公言していませんが、持っていることは間違いないと国際社会では信じられています。実質的な核保有国であると。
 

サムソンは、旧約聖書に出てくる怪力を持つ土師のサムソンが美女デリラにめろめろにされ罠にかけられ、ペリシテ人(後のパレスチナ人)に捕まり、神殿の柱を怪力で倒して自分も死ぬけど、神殿にいたペリシテ人もみんな死出の道連れにしたというお話から取ったもの。つまり、ユダヤの敵を自らの命を投げ出して一緒に滅ぼすことが、サムソン・オプションの意味するところです。
 

イスラエルとハマスの戦闘や、イランとの戦いで、イスラエルが思いつめすぎて、サムソン・オプションのようなとんでもないことを考えないだろうな??と心配になります。ハーシュさんの本によれば単なる思いつきではなく、「サムソン・オプション」という戦略がイスラエルには存在しているということですので、ユダヤの民を守るためだとか、ユダヤの敵を滅ぼすためだとか、そんな目が三角に吊り上がったような状態で恐ろしい選択をしないでくだされと切に願うばかりです。
 

神を信じるとか、宗教心を持つとかは、本来人間が幸せに心を落ち着けて暮らしていくために在るものではないだろうか。自分とは異なる民族や価値観を持つ人間を攻撃するためではなくて。
イスラエルの最近の行動を見ていると、空恐ろしい気がします。ハマスに襲われたことは本当に同情するし、被害に遭った方やまだ人質になっている方のことを思えばハマスに対してはらわたが煮えくり返る思いでしょうが。
どうか、ここは、冷静に、あの世ではなく、この世で栄える方法を模索してもらいたいです。