母が退院してきて、1カ月が経った。

 

母との生活は前にも書いたように、以前と比べて(悲しいけれど)落ち着いている。

 

子どもや伴侶がいない分、わたしの今の時間と愛を、この81歳の母に注いでいる。

ときどき罵倒されながらも。

 

そのパワフルな言葉の攻撃も(お母さん、バラしてごめんね)、約2年前のピークを境にして徐々にパワーが落ちてきている。

 

これが本当に母にとって幸福なことなのだろうかと、ときどき思う。

母を病院から出してきて、施設に入れずに、決して健康ではない自身の子と一緒に住むことを。

 

母が精神的に不安定(不穏)になるたびに、「お母さん、わたしは幸せなんだよ。実家に戻ってきて何かあったら、わたしが面倒見る覚悟でいたから」「もう大丈夫だよ」「だから安心して」と、母に心の中で話かける。

 

その場で言葉に出して、何かを言ったら、ますます母は感情的になってしまう。

 

だからわたしの場合、1~2時間母をそっとしておく。

しかし、こんな状態の母を黙って見ているのも(放置しているのも)、胸が痛む。

2、30分に1回くらい声をかける。「お茶しようか」などと...。

 

「不穏」という言葉は便利。平穏の反対の意味で、認知症の患者が記憶がないために混乱し、精神的に不安定になった状態を指して、よく使われる。

 

また「不穏」という言葉は、何かぼんやりとしていて、そこからは深刻度が伝わって来ない。

 

混乱する理由は、ほんのさっきのことも、昔のことも(大昔のことは、まだ覚えていることもあるが)記憶が消失してしまっているせい。

 

長年、他人には言いたくても我慢して言わないできた人が、母。理性で抑える人だった。その分、後で家族にグチをこぼしていた。

 

認知症になると、理性がなくなった。感情が目立つようになった。 

 

母という人が、怒りっぽい感情にあると言われるとしても、怒ることが一番目立つので、否定はしない。

 

しかしそんなことよりも、年寄りが(母が)声を荒げて、何か意味不明なことを言いながら庭や道路を歩き回っているのが、かわいそうで。特に、1年前と2年前はひどかった。

 

その間、母には手が付けられなく、どうすることもできない。

 

その頻度が減りパワーダウンしたと言っても、まだ続いている。

 

     オカメインコ                      オカメインコ

 

母は持病があるため、訪問看護の若い看護師さんが週一で母の状態をチェックしてくれる。また担当のケアマネさんにも昨日来ていただいた。

 

わたしは母と今、いっしょに暮らすことは幸せだと感じている。

 

しかし、仕事と自由を愛する母は今、何て思っているのだろう。

 

それは、きっと ...

 

昔のことも、さっきのことも覚えてないのは堪えられない!

 

脳の神経細胞にも、ずっと元気でいてほしい!

 

年寄りだって働きたい、自立したい!」....... に違いない。

 

     

          2023年10月 ダリア ある庭園で

 

 

 

 

認知症になって、

 

徐々に、いろいろなことが出来なくなっても

 

すぐに記憶が消えても

 

すっとんきょうびっくりな、ことを言っても

 

まだ許せる。

 

 

しかし認知症になったからといって、自分の命を守る行動をとることだけは、

 

忘れないでほしい。

 

 

気温30℃以上の場所で、ずっと冬服でいるのは、やめてほしい。

 

 

「熱中症になるよ」と言っても、「このままでいい」と言う。びっくり

 

 

高齢者は暑さ寒さの感度が鈍いと聞いてはいるけれど

 

「おぉ~暑い」とずっと言いながら、母のじっとしている様を見ていると、

 

さながら我慢大会のようで。

 

 

冬服はお気に入りのもので、「持って帰りたい」ため

 

着用したほうが荷物にならなくて便利だと言う。

 

 

そうか、徘徊のためか...。

 

 

結局無理やりというか、あの手この手でクーラーの効いた部屋へ。

 

認知症の人は、気温が命取りになることを分かっていない...。

 

 

こんな基礎的なことだけでも、本人に理解してもらえる日が来たら

 

少しだけ、自立に近づいたと言えるのではないでしょうか。

 

カキ氷

 

 

 

久しぶりの投稿になります。

 

母はおかげさまで、元気に暮らしています。

 

今の母は、ひたすら家の中で片付けや掃除をしていて

 

そのせいか、相変わらず食欲は旺盛で。

 

 

以前にも書きましたが、自立心旺盛な人の世話は大変です。

 

要するに、良かれと思ってすることを(わたしが差し伸べる援助の手を)

 

母が受け入れてはくれない...こともあるので

 

ずっと良かれとは思えない状態に、本人が居てしまったりすることなのです。

 

つまり、たった今(夕方)のこの状態もそうなのですが、徘徊を始めました。びっくり

 

                スニーカー

 

 

母の行きたい場所に車で連れて行くよ、と言っても、今日は家にひとりで居たいと。

 

普段は、人の姿が見えないと不安になる。

 

しかし今日は違った。その代わり、わたしが1時間ぐらい外へ行くことにしました。

 

昨日、母と一緒にチョコのアイスを食べた店へ、今回はひとりで。バレンタイン

 

 

好きなアイスを食べて、気分がスッキリしたわたしは家に戻りましたが、母はそうではないようです。

 

ようやく日付けが変わるころになると、母の機嫌は良くなっていました。ニコニコ

 

 

いっしょに食べたかったよ、お母さん。

 

 

母が手に持つ花は 

自分が世話して わたしが束にしました 3年前です