昨年10月に母を亡くし

ポツンと穴が空いた様に寂しかったとき北京オリンピックの

羽生結弦選手記者会見を見た

メダルを取ったわけではなく自身が望まれた記者会見ではなかったけれど

余りにも多くのマスコミが望んでの広い会場での記者会見だった

金メダル3個目だと94年目のメダルになりそれが叶っていたら

もっと気持ちは軽やかで嬉しい会見だったに違いないのに

それは羽生結弦選手にとってはある意味針のムシロに近かったのではと

凡人の私には思えたが彼はどこまでも礼儀正しく

美しい青年のまるでお手本の様に所作も言葉も姿までも

全てが美しく私は心惹かれるた

そしてなにかの拍子に彼が目元をクシャとして笑った時

私は独りぼっちの寂しさから救われたような気がして

彼を好きになった応援したいと思った

ツイッターを彼仕様に変えて

彼のファン達の沢山のツイッターに触れた時

私はその世界が途方もなく熱く深い事を知った

人は私の様な者を北京落ちと呼んだ

そして自らも北京落ちと名乗る様になった

母を亡くして介護から解放された時

自由よりも寂しさが大きかった私はこうして

彼の特徴的とも言える笑顔に救われた

はや、それから半年

余りに熱い沼に時々窒息感を覚えて

ツイッターを閉じる時間を時に持つ私

もう若くはないからぼちぼちでいい

そう言いながら

写真集購入がファン歴半年ですでに4万円を超えた

どこがぼちぼちだろうかと

自分を慈しみ笑う