ナツルの心情ダダモレ日記〜帰国後結婚・子育てとコロナ禍と -9ページ目

ナツルの心情ダダモレ日記〜帰国後結婚・子育てとコロナ禍と

2009/12/23スタートしてから、誰にもナイショにしてる私の解放場所です。
2013年1月、タイトル変更しましたが、中身はそのまま心情ダダモレですw
こんな人間もいるんだなと読み流していただければ。
人生一期一会、袖触れ合うも他生の縁です。

「夜に物は書かない方がいい」

昔、母親に言われました。
夜は色々考えすぎて、自分の思考に嵌まってしまって、いい方向にはなかなか書くことが出来ない。だから出来るだけ陽の出てるうちに書きなさい。と。

どうやら母の実体験もあるみたいですが、多分もっと昔から言われていたことでもあるのでしょう。
確かになあ、と思うことがたくさんあります。

でも、書くのがどうしても夜になってしまうんですけどね(苦笑)

昨日からの連投ですが、もうとにかく書かないとどうしようもない。
自家中毒でも本気で起こしそうで、吐き出し場所が必要なんです。

泣けるなら大声上げて泣きたい。
泣いて泣いて、飽きるまで泣いたなら、少しは自分の中身が軽くなる気がする。
けれど、タイミング良く泣けるなんてことはなかなかないもので。

この間、例の彼と久しぶりに会いましたが、もっと自分の気持ちをきちんとすべて伝えれば良かったと後悔しきり。

「(あなたが)この関係をどうしたいのかわからない」
と聞いても、離婚したばかりでそういうのは煩わしくて…みたいに濁してばかり。
じゃあなんでそっちから、一ヶ月半ぶりくらいにまた連絡をよこしたのか。
繋いだあの彼女がまたこっちにくるから、だからその前に修復を試みたのか、それともまた単にやりたかっただけなのか。

もう色々聞きたくても、向こうが「言葉にしたくない=面倒くさいことはいやだ」とダダ漏れだったので、私も語る気聞く気も失せるってもんで。

でも、昨日、彼の友達から畳みかけるような電話がきましてね。
ちょうど彼も一緒に飲んでいたようなのですが、私が酔っ払ったときにしでかしてしまったらしい、女性としては本気で下品な(貞操にかかわることではなく)事を、遠回しに聞いてきまして。

私も他の友達と飲んで酔っていたとこなので、なんとか笑いながらやり過ごしましたが、例の彼は、その行為はいくら人に害を及ぼさず貞操観念を覆すものでなくても、女性としてはちょっと軽蔑する部類に入る筈なんです。私も自分自身で「ひょっとしたら、やらかしてるのかも…」と怖くなってもいたので、なおさらに。

こちらにまた出張できた彼女からその後連絡はなく、彼のとあるネット上メッセージに「今週、日本から来てる友達と●●に行く」という事が書いてあり(見たくなくても見てしまうものなので、設定に悩み中)、前回彼女にもこっぴどく友情を裏切られている分、ひょっとしたら彼女と一緒に行くんじゃないかと、邪推まで出てきてしまう始末。

どこでボタンを掛け間違ったのか、というよりも、そもそもこのシャツは私には似合わないものだったのかもしれない。

この間二人で話したときも、彼が私に興味を持っていない、というのはありありと解り、そして友情を綺麗に裏切ってくれた彼女とは仲が良く。
旅行は全く別の人と行こうがなんだろうが、どこに今度行くとか、こっちの話の先をもう聞きもしないとか、昨日の電話の時に、いったい私に関してどんな話をしていたのか、考えたくもないのにもう、回りすぎて胃が痛いし食欲もありません。
アル中にはならないよう気をつけてますけどね、ほら、そんな醜態なんてもう二度としたくないですし。

けれど、もう、自分の良いところってなんだっけ、そんなもの私にあるのか、いやないから未だこの歳で異国の地に来てまでも独りなんだ、じゃあもう結婚なんて望まない方がいっそ傷付かなくて済むよ、ほら、大手SNSなんて、同年代の男子も女子も、皆二人目くらいの子供が産まれてるじゃないか。

弟は私の代わりに幸せな家庭を築いてくれてるって思い込みたいのも、残念だよね。
弟達は大好きだし、妬む僻む嫉むなんて時期も、実はちょっとはあったけれど、あいつらが幸せにいてくれれば私はいいや。

日本に、私を大事に思い、心配してくれる仲間もいる。
こっちでも、話の合う、私を信じてくれる友達もいる。
知り合いもいる。
なら、私の事をまだほとんど知らない彼らに、これ以上取り入って傷付く謂われなど、もうないのだろう。きっと。

私は不器用だ。
話も大してうまくない。
空気が読めないともよく言われる。
もちろん異性にはモテもしない。
KYと前職の男性に言われたし、会話のキャッチボールを続けようとしたなら大暴投。
目が当てられないどころか、すみません、お先に失礼しますと頭を下げて走って逃げるくらいの体たらくだ。

けれど、有り難いことにも。
慕ってくれる人がいる。
信じてくれる人がいる。
笑顔で迎えてくれる人がいる。
待っててくれる人がいる。
頼ってくれる人がいる。

人にも、そして自分にも、誠実に生きたい。
それが、今の信条だ。

昔父親が厳しかった分、私の中で男性に対して恐怖症なトラウマが出来てしまっている。
それは、今になってやっと受け入れられたこと。
見た目も良くないし、太っているし、告白しても上手くいったためしがなく、人生でちゃんと付き合ったといえる人なんて、一人しかいない。

人に対しての話し方も大概下手だ。
どうしても、「この人はこうくすぐりながら話した方が円滑に行く」というのは、せめてビジネスくらいでしか使いたくない。
友達や、仕事を離れた場所で知り合った人たちに、ある程度の傾向を見いだしても、それを越えて会話を意図的に誘導することは、私には本当の友情と思えないんだ。

だからといって、自分中心の話をしてしまったら、それは自己中になるだけなので、くっきり線を引きたいけれど。

私はもう少し、人を見た方が良い。そして、素の話し方をする前に、そのちょっと前段階の場所を作ったほうが良い気がする。意識してはいるが、まだ足りないらしい。

あぁ、少しは落ち着いたかもしれない。
最近、動悸が速くて辛いときがある。
前にカウンセリングの先生に説明しようと考えた例え、それが一番わかりやすい。

文化祭で、自分のクラスが演劇をやることになった。
あろうことか、対した役でもないのに、ひとりで踊るシーンがある。
練習もしたが、もちろん学校や普段の生活もあるし、完璧と言えるかは不安だ。
クラスメイトは皆、私がやる踊りの一挙手一投足までを知っている。
文化祭の観客も、知っている学校の人たちや、後ろの方は近い学校やら生徒の家族。

「皆が知っているものを間違えられないというプレッシャーの中、舞台袖でひとり待たなきゃいけない、出番数分前」
そんな状況に近い。
異常に動悸が速いときは、救心のCMが頭を回る。一度診てもらったほうがいいのだろうか。

なんで彼らと、彼女らと出会ってしまったんだろうなぁ。
事の一部分しか話してはいないけど、これを教訓に自分の人生を良い方へ方向修正かけられるといいね、というのは母の言。

ここまで人に酷くなったことなど、ないんだけどなぁ。
人に対して事前に期待を持ちすぎるということを差っ引いたとしても。
「夜に物は書かない方がいい」

昔、母親に言われました。
夜は色々考えすぎて、自分の思考に嵌まってしまって、いい方向にはなかなか書くことが出来ない。だから出来るだけ陽の出てるうちに書きなさい。と。

どうやら母の実体験もあるみたいですが、多分もっと昔から言われていたことでもあるのでしょう。
確かになあ、と思うことがたくさんあります。

でも、書くのがどうしても夜になってしまうんですけどね(苦笑)

昨日からの連投ですが、もうとにかく書かないとどうしようもない。
自家中毒でも本気で起こしそうで、吐き出し場所が必要なんです。

泣けるなら大声上げて泣きたい。
泣いて泣いて、飽きるまで泣いたなら、少しは自分の中身が軽くなる気がする。
けれど、タイミング良く泣けるなんてことは中々ないもので。

この間、例の彼と久しぶりに会いました。
が、もっと自分の気持ちをきちんとすべて伝えれば良かった。

「(あなたが)この関係をどうしたいのかわからない」
と聞いても、離婚したばかりでそういうのは煩わしくて…と濁してばかり。
じゃあなんでそっちから、一ヶ月半ぶりくらいにまた連絡をよこしたのか。
自分と私を繋いだあの彼女が、またこちらに出張で来るから、だからその前に修復を試みたのか。
それとも単に、またやりたかっただけなのか。

もう色々聞きたくても、向こうが「言葉にしたくない=面倒くさいことはもうしたくない」と、オーラがダダ漏れ過ぎており、そりゃあ私も、語る気聞く気も失せるってもんで。
結局何で会ったのかもよくわからないままお開きになりました。

でも、昨日、彼の友達から畳みかけるような電話がきましてね。
ちょうど彼も一緒に飲んでいたようなのですが、私が酔っ払ったときにしでかしてしまったらしい、女性としては本気で下品な(貞操にかかわることではなく)事を、その友人が遠回しに聞いてきまして。

私も他の友達と飲んで酔っていたとこなので、なんとか笑いながらやり過ごしましたが、素面で考えればとてつもなく恥ずかしい。
その行為は、いくら人に害を及ぼさず貞操観念を覆すものでなくても、女性としてはやってしまってはいけないもの。
特に例の彼にとっては、少なからず軽蔑する部類にすら入る筈なんです。私も自分自身で「ひょっとしたら、やらかしてるのかも…」と怖くなってもいたので、尚更辛く、胃、というか、臓腑が重苦しくてたまらない。

また出張で来た彼女からは、出発直前にメールが来たきりで、その後連絡はまだ来ず。
とあるSNSで彼が「今週、日本から来てる友達と●●に行く」という記事があり(見たくなくても見てしまう設定なので、変更しようか悩み中)、前回彼女にもこっぴどく友情を裏切られている分、ひょっとしたら彼女と一緒に行くんじゃないかと、邪推までしている始末。

どこでボタンを掛け間違ったんだろう、というよりも、そもそもこのシャツは私には似合わないものだったのかもしれない。

この間彼と二人で話したときも、彼が私に興味を持っていない、というのはありありと解り、そして友情を綺麗に裏切ってくれた彼女と彼は仲が良く。
旅行は全く別の人と行こうがなんだろうが、私と会話が続かないというより続ける気がない=私に興味がなく、昨日の電話の時にも一体私に関してどんな話をしていたのか、考えたくもないのにもう、回りすぎて潰れそうです。
アル中にはならないよう気をつけてますけどね、ほら、そんな醜態なんてもう二度としたくないですし…。

想像ですが、彼は「(私を)体だけ弄んでしまった、俺はそんなに酷い人間だったのか。離婚もしたし、自分は最低なのか。いや、これは飲みに誘ってきた向こう(私)が尻軽で、自分はまんまと引っかかってしまっただけだ。だから悪いのは尻軽の女で、俺は騙されただけで悪くない」
なーんて自己防衛しちゃう側面もあるのではないかと。
だから、私に関しての良い情報よりも、悪い噂や残念な情報ばかりを集めて記憶して、存在自体を排除しようとしているのでは、なんてねw

全部を思い込んでいる訳じゃないですが、心理学的な自己防衛としてあり得る心境じゃないかなと。
そう思えば、私も「あぁこれじゃあいくら頑張っても空回りするだけだ」と諦めもつきやすい。

最近、動悸が速くて辛いときがある。
前にカウンセリングの先生に説明しようと考えた例え、それが一番わかりやすい。

文化祭で、自分のクラスが演劇をやることになった。
あろうことか、対した役でもないのに、ひとりで踊るシーンがある。
練習もしたが、もちろん学校や普段の生活もあるし、完璧と言えるかは不安だ。
クラスメイトは皆、私がやる踊りの一挙手一投足までを知っている。
文化祭の観客も、知っている学校の人たちや、後ろの方は近い学校やら生徒の家族。
もっと綺麗な人も、可愛い子も、上手く踊れる人も、見目が華やかな人も、素敵な人も他にいるのに、何故太っていて見た目も良くなく、踊りも上手くない、衆目を集められない自分が踊らなきゃいけないんだろう、という、周りの好奇に晒される恐怖感。

容姿にも質にも自信がないのに出なければならず、些かの失敗すら許されない、そんな舞台袖でひとり待たなきゃいけない、出番数分前」
そんな状況に近い。
異常に動悸が速いときは、救心のCMが頭を回る。
一度診てもらったほうがいいのだろうか。

けれど、もう、自分の良いところってなんだっけ、そんなもの私にあるのか、いやないから未だこの歳で異国の地に来てまでも独りなんだ、じゃあもう結婚なんて望まない方がいっそ傷付かなくて済むよ、ほら、大手SNSで繋がってる同年代の男子も女子も、皆二人目くらいの子供が産まれて家庭築いて幸せそうじゃないか。
ぐるぐるしてますね、ホント(苦笑)

弟は私の代わりに幸せな家庭を築いてくれてるって、もっと心から思いたいなぁ。
弟達は大好きだし、妬む僻む嫉むなんて時期も、実はちょっとはあったけれど、あいつらが幸せにいてくれれば、私はもういいや。
人とは違う形で、自分自身を幸せにしよう。


私は不器用だ。
話も大してうまくない。
空気が読めないともよく言われる。
もちろん異性にはモテもしない。
KYと前職の男性に言われたし、会話のキャッチボールを続けようとしたなら大暴投。
目が当てられないどころか、すみません、お先に失礼しますと頭を下げて走って逃げるくらいの体たらく。

昔父親が厳しかった分、私の中で男性に対して恐怖症なトラウマが出来てしまっている。
それは、今になってやっと受け入れられたこと。
見た目も良くないし、太っているし、告白しても上手くいったためしがなく、人生でちゃんと付き合ったといえる人なんて、一人しかいない。

人に対しての話し方も大概下手。
どうしても、「この人はこうくすぐりながら話した方が円滑に行く」というのは、せめてビジネスくらいでしか使いたくない。
友達や、仕事を離れた場所で知り合った人たちに、ある程度の傾向を見いだしても、それを越えて会話を意図的に誘導することは、私には本当の友情と違う気がしてしまう。

だからといって、自分中心の話をしてしまったら、それは自己中になるだけなので、くっきり線を引きたいけれど。

私はもう少し、人を見た方が良い。そして、素の話し方をする前に、そのちょっと前段階の場所を作ったほうが良い気がする。意識してはいるが、まだ足りないらしい。

けれど、有り難いことにも。
慕ってくれる人がいる。
信じてくれる人がいる。
笑顔で迎えてくれる人がいる。
待っててくれる人がいる。
頼ってくれる人がいる。

日本に、私を大事に思い、心配してくれる仲間もいる。
こっちでも、話の合う、私を信じてくれる友達もいる。
知り合いもいる。
なら、私の事をまだほとんど知らない彼らに、これ以上取り入って傷付く謂われなど、もうないのだろう。

あぁ、少しは落ち着いたかもしれない。
書いて吐き出すって大事ですね。
なんで彼らと出会ってしまったんだろうなぁ。

これを教訓に自分の人生を良い方へ方向修正かけられるといいね、というのは、事の一部分しか話してはいないけど、それを受けての母の言。


自分自身を守るために怒ることも必要であり、また、世の中には悪意という物が確実に存在し、決して交われない油がある。

人間関係を円滑にするというよりも、自分らしさを自分らしく伝えていけるように、もっと人を知ろう。

人にも、そして自分にも、誠実に生きたい。
それが、今の私の信条。
恋愛なんて、望んでするもんじゃない。

碌な事がない。

そこへ更に、友人だと思っていた相手からも裏切られて貶められるとなれば、

蕁麻疹だけで済んでいるのは、まだマシなのかもしれない。

心配事がさっきひとつ増え、確かめようのなさに胃が痛くなる。

やってしまったものはもうしょうがないし、この先二度とやらないように、自分の胸に誓うしかない。

自分の尊厳を守る為にも、認める為にも、怒る、という感情は確実に必要なのだ。


とかく今回の件では、体だけを弄び、相手の言い分にも聞く耳を持たずに女を捨てる男と、

友達のふりをして、その実、相手の弱みに付け込んで優越感を得ようとする女と。

ショックや悲しみが通り過ぎれば怒りが頭を擡げてくる。

けれどそれすらもう、今の自分が勿体なくなるから、止めた方がいいのかもしれない。