ナツルの心情ダダモレ日記〜帰国後結婚・子育てとコロナ禍と -4ページ目

ナツルの心情ダダモレ日記〜帰国後結婚・子育てとコロナ禍と

2009/12/23スタートしてから、誰にもナイショにしてる私の解放場所です。
2013年1月、タイトル変更しましたが、中身はそのまま心情ダダモレですw
こんな人間もいるんだなと読み流していただければ。
人生一期一会、袖触れ合うも他生の縁です。

ここに書くのは、どのくらいぶりだろう。
大変お久しぶりです、ナツルです。

今年の7月、日本に本帰国しました。やるだけやったから、後悔はなく、胸張っての凱旋、と言いたい。

梅雨の後ろ髪が残る季節に帰ってきてから焦げるような夏を越えて、気づけばもう紅黄色の葉が降りしきる季節。夏の終わりに始まった新しい仕事も軌道に乗ってきて、やっと一息つけるようになった気がする。

日本語がだいぶ下手になりました。
さりとて英語が海外並みになった訳でもなく。
また文字を書けるように頑張りたいところです。

そして、気になる人も、出来ました。
同じ会社の同期くん。彼と私の二人がこの夏終わりからの入社。
ただ悲しいかな、彼は7つ下の30歳。それも色々と重い過去を背負っててまだその傷が癒えてないというところもあり。

背もそこそこ高くて体育会系。かなりの男前なのに、女性と付き合ったことが一度もないらしく、それは別に構わないのだけれども。
年上より年下が好みという話が、一番突き刺さってしまった。

何度か仕事あがりに一緒に飲みには行ってるし、昨日は二人で一緒に丸一日出張で、ご飯も飲みにも行ったけど、終電間際まで一緒に居たけど、こう、まだお姉さん、下手したら叔母さん?のような立ち位置になってしまってるのか、それもよくわからない。

何より、ちょっと前に知り合った7つ下の女の子と今日はご飯に行く予定だったらしく、まあ色々話を聞いてあげるようなことらしいのだけども。
「新しく出会いがあってよかったじゃない」と笑いながら言ったら、「いや7つも上の男のことなんておっさんとしか見ないだろうし、そういうのじゃないですよ」と。
彼と私も7つ違いなんだけどなぁと思いながら、すごく複雑な心境で。

結構酔ってきたときに「敬語禁止ね」という軽いお遊び持ちかけたら、真面目くんだから困ってたけど、「いや僕敬語取ったらほんと酷いんで。ナツルさんは大事な人ですから。」
凄く嬉しい一言と、そして(話を聞いてくれる私=お母さん的な大事ポジション?)となってしまい、さらに複雑な心境に陥り。ああでも、やっぱり嬉しいな。

女性と付き合ったことないって話から、経験あるのか聞いてみたのだけども、薄々思ってはいたけど、無いと。
「女性は好きだし、僕、きっと人より欲が強いんで」
「欲?」
「情欲」
この返事を聞いて、彼に激しく抱かれたいと強く思ってしまったのは事実。

一緒にいて彼の話を聞くのは好きだし、過去とか、つい最近の辛い話とか、人にそんなに話せることではない内容でも、それを私に話してくれるのは、それがとても嬉しくて。
私の話を聞いてくれるのはまだそんなにないけど、あの傷の深さを聞いたら、というか、今は私も昔より余裕が出てきたのか、成熟してきたといえるのか。そんなに私の話を聞いてほしいという感情は湧いてこないかな。

今は、もっと話を聞かせてほしくて、もっといろんな彼の顔を見たいし、一緒にいるとほっこり嬉しくなれるから、もっと一緒に居たいなと思う。
穏やかな時間、優しい時間、柔らかい時間を、一緒に分かち合えたら素敵だなと。
恋愛や体の関係とかは、今はもうちょっと先かな。

そもそも、年下好みの彼が、7つ上の私を女として見てくれるのか。
そう変わってくれたらと、胸の片隅で祈ってしまうくらいには、彼の存在は私の中で大きく育ってる。
おこんばんはですナツルです。
日本はゴールデンウィークなんですってねー!!!いいなあもうこんちくしょうww
やーもーとにかく、このかつかつな生活から抜け出したいです!マジでビザ奴隷。Visa slaveって言葉があるんですがその通り。

一応プロフェッショナルなスキルも経験も語れるくらいにはなったと自負してますが、日本の収入に換算すると、プロデザイナーなのに東京のど真ん中で年収100万円くらいの生活してるような状況です。10歳以上年下から「英語喋れないダサい日本人(笑)」みたいなのにはもうとっくに馴れたのでどうでもいいんですが、頑張った分の成果が彼らにしか分配されないという状況がね、悔しくてしょうがない。大卒初任給が400万くらいだと思っていただければ、このものすごい格差がわかっていただけるかと。

まあ悔しんでもなんでも、これはもう今の会社では(アメリカ全体かなぁ)変わらないことなので、それ以外の部分に焦点を当てて、気持ちを切り替えてやってます。

ようは気の持ちよう。物事にはいろんな角度があるし、端から見たら、30すぎてアメリカに単身乗り込んで、曲がりなりにもアメリカのPR会社でデザインコーディネーターとして働けているのは、自分頑張った!!よくやった!!と思うし。
学校で同期だった友達は、学校の問題もあったけど、就職できたのは唯一私だけで、ちょっと前に就職していた友達も皆日本に本帰国してるし、皆日系の会社だったから、だからこそ、こればかりは胸張って誇っていいと思ってる。

その分失ったものをとても多いですけどね。ものすんごく傷ついたり泣いたり鬱っぽくなったり、雑巾並みにボロボロになったりもしたけど、学んだことはもっともっと、計り知れないほど多い。

自分の幸せは自分で作る。
これがどれほど実感できたことか。
人に笑いかけて欲しかったら、自分から笑いかけること。
人にわかって欲しかったら、自分から話しかけること。伝えること。

なんでわかってくれないんだろうと思う前に、わかってもらうようにちゃんと話をしたか?自分の気持ちを伝えたか?

自分の思ってる「当たり前」は、人にとって、特に日本人以外の人の当たり前じゃない。
人種云々の前に、話さないと伝わらないし、伝わらなければ、思ってても思っていないのと同じになってしまうことがあるんだと。

日本人は「人種としての大前提」があって話が、生活が成り立ってる部分があると思ってます。
例えば6月ときいたら、日本人は「梅雨でうっとおしいですよね」という言葉が浮かぶと思うけど、こちらは初夏で雨の少ないとてもいい季節なので、そりゃあジューンブライドもわかるねっていう話だし。

場を読む、空気を読む、というのは、人の気持ちに沿うというよりも、人と同じ、右にならえの習慣が強いんじゃないかと。日本が実際は行き過ぎた社会主義国だという話を小耳に挟んだんですが、それもちょっと頷ける。

それが全部とは言わないけれど、アメリカのような「自由」というものを日本人が手にしたとき、「自由」と「自分勝手」を混同する人が多いのも、その一端なのかな。

自由は、自分に責任が帰責するものであって、発言でも行動でもなんでも、責任を持たなきゃけない。けれど、自分勝手になってる人たちは、「何をやっても自由なんだから責任なんてない」と勘違いしてると思う。

発言するのは自分。いくら匿名でもなんでも、やったのは自分。それは変わらない。誰かのせいにもできない。
だからこそ、こちらの人は、自分の非をまっすぐに認めて謝罪する。間違えることは罪じゃないから。間違えたら、そこで学んで次に生かせばいい。
日本は一度間違ったらもうダメという風潮があるような気がするから、それは改めた方がいいんじゃないかな。人命に関わるようなことは間違えちゃいけないけれど、完璧な人間なんていないから、一緒にお互い成長していけばいいと。
反省をしない、間違えて当たり前、というところに落ちず、ちょっとでも成長したいなという気持ちがあればいいんじゃないだろうか。蟻の一歩もその一歩が進んでるのだから。

知ったかぶりばかりする自分だけど、もうそれは終止符を打ちたい。
聞いて馬鹿にされることはほとんどない。
もちろんする人もいるけれど、教えてもらったらその後の付き合い方をちょっと考えればいい。
ほとんどの人は、ちゃんと前向きに教えてくれる。
英語が速くてわからないから、もうちょっとゆっくり話してとか、ごめん、何話してるかよくわからない、とか、皆で話されると速すぎてついていけない時があるけど、でも聞くの頑張るし、わかるところもあるし、何より楽しいよ、って。

いろんな人種がいるNYだからかもしれないけれど、でもそれはここの良さなのかなと思う。
もちろんいろんな人種がいるからこその破綻も見えるわけで。

国際化することは、アメリカ化することじゃない。
これは声を大にして言いたい。

歴史のある自分の国を、日本を、誇っていいと思うし、日本人に生まれて本当に良かったと思うことが本当に沢山ある。
この詳細はまた今度書きたい。一言でいうなら、アメリカはとても、浅い。

日本人は日本を、日本人であることを誇っていいと思う。ただ漠然とじゃなくて、いろいろな意味で。
何よりも、自然信仰からの多神教であり、自然と共存していくという姿勢であり、自然に生かされてるという考えであり、地球やその自然に対する感謝と畏怖と畏敬の念が確かにある。

何をいまさら、という人もいるかもしれないけど、こちらはそうじゃないんです。私はそれを怖いと思ったんですよね。
こちらは自然は征服するものであり、人間を試すものであって乗り越えねばならないものであり、道徳は自己よりも他者から生まれるものであり(宗教によるけれど)、四季を楽しみ、寄り添うよりも、人間が作り出したゲームの中で生まれる人間ドラマに熱狂する。

まぁちょっと酔っ払ってるので(いつものことか)、思いつくままに書いてるんでこれはまた自分でまとめたいなぁ。

本帰国まであと少し。
ラストにヨーロッパかアメリカのキャニオン系を旅したいなと願いつつ、今日はおやすみなさい。
お久しぶりですナツルです。
っていう書き出しを何度やってんだかわかりませんが笑、2015年入ってから初のブログですねご無沙汰してます。
出来たら毎日書きたいってのは希望として置いといてですね、いや三日坊主でもまた復活して結局なんだかんだでも続いてりゃそれなりにいいんじゃないかと思うんですよ。

うーん日本語で書くのが久しぶりになると、文章のどの部分を削ったらいいのかたまにわからなくなりますね。かといって英語でそんなにバンバン書いてるんか!という訳でもないので、つまりアレです、言語の迷子です。たぶん。

なんかSerif体だと激しく書きづらいんですが、San-Serifに戻せないんだっけ???

とりあえず本題からどんどん遠ざかりそうなので、もとい。

最近本格的に日本語のものを解禁しまして、色々見たり読んでます。見ると言っても、今更ながらの攻殻機動隊シリーズとサイコパス2のみですが。バラエティはこちらにいる分には、流行り廃りが激しすぎてあまり好きではないですね。
ネットで色々見てる限り、芸人の流行のネタを話に混ぜて、「今ふう」「連体感・一体感」を(無意識にでも含めて)持つ・持たせる効果のためなのかなと思ってみたりもします。
なんて言っても、私も楽しいから乗っかりたい派ですキリッ

で、本。
活字っていったらいいんですかね、ふと考えたんですが、こっちで節約生活してる以上、買い物は極力避けてまして。
化粧品・服・靴・鞄・食べ物・お酒・雑貨・本などなど、嗜好品というか必需品というか色々ある中で、私が唯一散財するのが、本なんだと、最近改めて思い知りました。

漫画よりも本の方が、買わずにいられなくなる衝動がすごいです。むかーし小学生の頃とか、どうしても欲しい本やその続きが欲しくて、よく本屋を自転車でハシゴしてました。見つかるまで探す!みたいな。
読みたくてしょうがないんですよ、正直、服や化粧品、果てはご飯や好きなお酒とか、本買うためなら我慢できる!っていう。
図書館で昔借りたりしてましたが、好きな本は手元に置いておきたい派なので、本は溜まっていく一方ですね。
こちらでの生活上、泣く泣く、本気であとで後悔したこともしばしばあるくらい、本を捨てるのは大の苦手。

小学校高学年のときだったか、学校の授業の一環で図書室の本を選んで読むというのがありまして。
当時好きだった男の子がその時に選んだ本、それが江戸川乱歩の少年探偵。
そこは恋する小学生笑、同じ少年探偵シリーズを恐る恐る読み始めたらもう。

そこから一気にはまりましたね。あの背表紙の怪人20面相の顔が怖くていつも本屋の棚でも避けていたのに、それからは堰を破壊しまくって読み倒しました。明智先生に恋もしたし、奥さん出てきたときはすごいショックだったなぁ笑

少年探偵からアルセーヌ・ルパンシリーズ、他なんだったかな、まだ実家にあるのは「クレヨン王国・月のたまご」シリーズ、まだ完結していない、田中芳樹さんの「創竜伝」(アルスラーンは天野さん派です)、たぶん2冊だけで終わってしまったらしい「妖魔アルディーン」、って書いて気になったんでググったら、なんと全6冊になってた!しかも絶版!てことで密林日本さんでカートに入れてきました。いやこっちにいるけど、送ってもらうとか帰ってから読めるとか!

服もよく聞きますが、私の場合、本のほうが一期一会。この本買うためなら晩御飯カップラーメンでもいいし、本与えておけば機嫌いいし笑 大人の女性としてはだいぶ残念ですけども笑

んで、今回読んだのが、「ジョーカー・ゲーム」。
とりあえず三作目まで。
映画化されたので名前知ってる人も多いと思いますが、ネットで映画の情報みたところ、全くの完全に違う作品と思ってください。ここでは映画はなかったことに。作品が全く違いすぎる。と私には見えるので。

というか、ジョーカー・ゲーム、あれはD機関の活躍を描いてますが、根本は結城中佐のお話だと思うんですね。
こっからがんがんネタバレになるので、読みたくない方はお戻りくださいね!













はい、ワンクッション。ここからネタバレも含みます。
本の感想からすると、1作目が一番面白く、そのあとは正直残念。
5点満点中なら、3か2.7という辛口気味です。最初は面白かったんだけどなぁ、設定は面白いけれど、話が進むに連れて、深みが出てこない、いつまでも表層上のまま。
シリーズ全てを通しての落とし所が見えないんですね。
第二次大戦が軸にはなっているので、この大戦が終わるのと一緒に、D機関も盛り上がりをみせ、そして幕引きへと続くのかなとは思いますが、それにしても、土台が面白いだけに、話の膨らませ方が本当にもったいない!!!

これはあくまで個人観点なので苦情とかは受け付けないですが、私が感じたのは、佐々木譲さんの傾向のワン(ツー)ランクほど下かなと・・・(失礼)。
佐々木譲さんも好きで、北海道警シリーズをずっと読んでいたのですが、最初の「笑う警官」、「警官の紋章」、「警視庁からきた男」あたりまでは確かに面白かった!けど、それ以降、どうも内容がパッとしないというか、気になるのは男女の微妙な恋愛未満的な感じだったりとか。。。
笑う警官は「北海道警裏金事件」という、実際にあった話が元ネタで、こちらも映画は見ていませんが、映画やドラマもあったのかな、評判は散々たるものだったようで。

「ジョーカー・ゲーム」も、実は実際にあった「陸軍中野学校」の話が元になっているようですね。なので、下地は面白い、けれど、その後の膨らませ方が残念すぎる・・・!というのが、正直な感想です。

何を以て残念かというならば、色々あります笑
D機関の本当の目的はなんなのか。日本を戦争で勝たせたいというのは職務的な目標であって、彼ら自身の切実な願望ではないだろう、というか特殊な人間性格上見えてこないし、国にもある種囚われないのが彼らの究極でもある気がするので。
感じた色々な違和感、例えば、繰り返し(説明文のちょっとありえないほどの引用しすぎは置いといて)、「自尊心が強すぎる人種」とD機関の人間のことを言っているけれど、それが一番最初からすごく違和感なんですよ。
たぶん、彼らはそれすらも思ってないと思う。自分ならできなければならないという一種の強迫観念と自尊心は、囚われることと同じだと思うんですね。
彼らほど色々できてしまう人間は、きっと「出来なければならない」ではなく、色々できてしまうからこそ「その上を常にものにしていく」「自身の限界がないと感じているからこそ、貪欲にこなしていく。刺激を、生きる意味というか悦び(喜びではなく)を見出している」んじゃないか。

ちょっと前に別のところで、アニメのサイコパスの主人公、狡噛さんの話を書いたんですが、出来過ぎる人間は挫折を知らないし、挫折する人間の痛みも知らない。なぜこんな簡単な事が出来ないのか理解に苦しむし、手応えのない人生に失望する・もしくは飽きる。
私の中では狡噛さんは、その手の性格だったんじゃないかなと。いやこちらも映画見てないんでわかんないですが。

D機関の彼らにも、同じ事が言えると思うんですよ。
なんですけどね~・・・、読み進めていくうちに、うーん、どうも人が浅い。ひとつひとつは面白いんですが、うーん、スパイの性質上だとしても、人が薄い感じ。
結城中佐すごく好きなんですけど、生い立ち部分?の話とか、掘り下げが甘くて、ちょっと「え???」と首かしげて読むのストップするみたいなのが続いたりしてましたし。
風機関も残念だったなぁ、なんであんな短編で終わらせちゃったのか。群像劇とは違う、本当に短編でしたね。

個人的には「第二次大戦が激化していく中、結城中佐が一度は負け、そして再戦の果てに社会から葬った相手が出てきて(あのWが一番近くて惜しい設定)、大戦の影で結城中佐とD機関が生死を賭けた云々」というクライマックスが読みたいですが、世界各地に散らばっているメンバーのそれぞれ別の行動が実は緻密に繋がっていたとか、『互いの生死も存在も繋がりは切れてしまっているはずだった。そうでなければならない存在だった。しかし、彼らはたった一つのものに於いて、生涯分かちえない存在だったのだ。「結城の教え子」という、彼らのアイデンティティとなんら変わらぬ、記憶によって。』

とかいうちょっと厨二くさいアレですけど、そんな感じで盛り上げてくれたら、もちろん中身のインテリジェンス・ミステリーもさらに充実させてくれたら、面白かった!!と、本を閉じられる気がする今日この頃です。

あー久々に長く日本語で色々書いたんで、やっぱり日本語がおかしいな笑
とどのつまり、このくらいの妄想をさせてもらえるくらいには、下地が面白い話だと思います。まる。