ま、眩しいーー

校門を出た所で何かが光った。
人影が動く度にキラッと光る。

ボタンーー
紺色のブレザーのボタンだ。

西陽を避けてバス停の影に
少年が動いたのだった。

今度は何だろう・・・⁉
少年は、眺めたり口に運んだり・・・している。

アレはーーー
紛れもなく、ハート型のチョコレートだ。

私の耳元で日向子が呟く。

「ねぇ~、見て見て! 見せびらかしてるよ、アイツ」

「うん、アレはチョコだね♪
小学生みたいだけど、バス通学なのかなぁ」

「あの子、引っ越してきたんだよ。3週間くらい前だったかなぁ。
水泳教室か英会話教室に行くんじゃないの、たぶんね」

「ふぅ~ん、そうなんだぁ。それでバス停に居るんだ」

「うん、あの子の下に小さな妹がいるみたい。まだ3つくらいかな。
あの子のママと小さな女の子が外出してるのを見かけたし・・・」

左折して歩道をゆっくり歩く。
2人並んで、とぼとぼ歩く。

「ふぅ~ん、お兄ちゃんなんだね、あの子」

私はそう言葉を返して、
数分前の日向子のことを思い出していた。

呆然と立ち尽くす、日向子。
笑うでもなく、怒るでもなく・・・
言葉も出せずに、ただ呆然と立ち尽くす、日向子。

日向子の想いは小学生の時から変わっていない。
そう・・・、変わっていなかった。
手作りパン屋を営む家の息子。
私たちと同じ年の男子。
日向子の幼なじみの悠人(ユウト)。

「ちょっと嫌なものを見ちゃったね~」

「ううう・・・、思い出しても腹が立つ‼
っていうか・・・ショック過ぎる~~
っていうか、不思議なのよ。頭が真っ白で涙も出ないの」

2人の肩が触れたり肘が触れたり、
制服のスカートも同じように触れ合って揺れる。

「日向子の気持ちは伝わったんだから・・・
ちゃんとさ、伝わったはずだから」

「慰めなら、もういいよ。吹っ切らなきゃ・・・
アイツから卒業しなくっちゃ! エヘヘ・・・」

無理に笑わないでよ、日向子
私まで頬が引きつってきそう
歩くのもぎこちなくなりそうよぉ

「ユウトに日向子以外に好きな人がいたなんて・・・
信じられないよ・・・
だって、小学生の頃から
二人共、あんなに仲良かったじゃない‼」

「私もそう思ってた・・・
ついさっきまではね」

幼なじみの男の子・・・?
そういえば、私にもいたなぁ
6つ年上だったかな
お隣に住んでたお兄ちゃん
よく一緒に遊んでくれた
幼なじみの優しいお兄ちゃん。


何年も想い続けるなんて
日向子はスゴいなぁ~
だから・・・、なおさら辛いんだよね。

スゴいなぁ~、と言うよりも
健気だなぁ、日向子は。

パン屋のお嫁さんになるって
「悠人が好き」っていう気持ちを認識してからは
毎週毎週、土曜日に生地をこねて
何年も練習を続けてたのに・・・
張り切ってたのに・・・

食パンもバターロールパンも
ふっくらしっとり、すっごく上達してたのに・・・
この間のぶどうパンだって、美味しかったよ。

北西の風が時折強く吹き抜ける。
雲がいくつもの小川を空に描いていた。

「ねぇ、真奈実♪
お好み焼き、食べに行かない⁉
もんじゃでもいいんだけど・・・」

「うん、イイね。お好み焼き、行く行く♪」

「ホント⁉ やったぁ~~」

「トッピングしまくるよぉ~」

「イカと揚げ玉と・・・」

「玉子もね!」

あっはは~
えっへへ~

笑顔の向こう側に覗かせる悲しみ

あのね・・・
泣いてもいいんだからね。
たくさん泣いたら
また、いっぱい笑いあおうね。

そしてね・・・
今度は私の失恋話にも、付き合ってね。

バスが2人の横を通り過ぎた。
ハートをかじったあの子、
口元にチョコをつけた少年を乗せて・・・

バレンタインデーに
女同士でお好み焼きを食べにいくのも・・・
ね! ありでしょ~♪

「ところでさぁ~、真奈実はどうなのよ」

「そんな人がいたらね~
好きな人ができるといいなぁ。
そうしたら、絶対に手作りチョコ、頑張っちゃうんだけどなぁ~」

「その時はちゃんと言いなさいよ」

「うん、わかってる・・・♪」

日向子、その時は聞いてね。
私も卒業しなきゃ・・・
一歩踏み出そう~♪

コンビニの駐車場で
『* Valentine Day *』
の旗が風に大きく揺れた。