3月4日
番組終わりに取材へ行ってきました。
今回は地下鉄大国町駅です。
「願泉寺」
小野妹子の八男、多嘉麿義持(法名:聖伝院永証)が創建
はじめは無量寺院と称していました。
建てられたのは四天王寺建立のすぐあとという古刹です。
京都の作庭家相阿弥(そうあみ)の作と伝えられる枯山水の庭園は、
大阪府名勝に指定されていて市内にあるとは思われない静寂な姿を
次回11日番組で紹介します。お楽しみに♪
驚いちゃいました。
公園の中に、
「折口信夫(しのぶ)生誕の碑」
民俗学者の折口信夫は、明治20年(1887)に、医師・折口秀太郎の四男として、生まれました。
独自の研究成果は、民俗学の新境地を開いたものとして「折口学」と呼ばれて、高く評価されています。.
釈迢空(しゃく ちょうくう)という筆名で、歌人としても活躍しました。
昭和28年(1953)に亡くなり、願泉寺に分骨埋葬されています
また公園内に、
勘助橋の碑があります。
勘助が架けた橋の跡地であると伝わる。
石碑の側面には「橋はなくとも 勘助橋は
渡りますぞえ いつまでも」の俗謡が彫られている。
私の背丈ほどの鳥居です。
良い探検になりました。
日が長くなって助かります。