甲子園が終わったらしい。
今年は、ほとんど見なかった。忙しさに取り紛れ、それになんだかあんまり感傷的になりたくない気分だったので見なかったのだ。
私はあの一戦一戦を、どうしても涙なしに見ることができないから。
どうしてあんなにも胸に迫るのだろう。甲子園とか、駅伝とか、学生のスポーツって。
自分が同じような年頃のころにはここまで強く引きずられなかったように思う。
やはり、自分がもう戻れない頃を思い出し、そしてその一戦の終わりによって、いまそこにいたはずの彼らが、こちら側の、あのキラキラした場所に戻れない位置にやってきてしまったことを思って切なくなるのだろうか。
自分がそこにいた頃には、その価値についてまるで考えずに、その自由さと未来の明るさを当たり前と思っていた。
学生生活の価値は、本当の意味ではそのさなかにいるときには気づけない。
だってそのただ中にいるころには、それが有限であること、いかに特別な時間であるかなんてことを意識することはないのだから。そこを当たり前に過ごす当人たちにとっては、それは当たり前の時間でしかない。
もしいま、あの頃に戻れたなら、もっとじっくり、味わうことができるだろうか?
それでもきっとそうはできないだろう。
だってあの頃だってそれこそ、夢中で「いまを楽しんで」いたはずなのだから。
いまのように漫然と過ごす余裕などなく、いまなら何も思わないような小さな1つ1つに、いちいちつまずいて悩みながら。
なんにせよ、学生時代の部活動やサークル活動って、意外に何年たっても胸に残るものだよな、と思う。
当たり前に思っていたことがそうでなかったことに気づくのはずっとずっと後になってからなのだ。