捨てられた相手の幸せって、どのくらい祈るのが平均的なんだろう。
離婚した当初、気持ちがたかぶっていたころは、「どこかで幸せでいて欲しい…」なんて乙女っぽく願ったりしたけれど、いま私はまったく祈っていない(笑)。不幸になれと呪いこそしないけれど、不幸だったらいいなあと期待する程度には黒い気持ちだ。



結婚していたころから、元夫の相手の感情を気にかけない(そこまで作為的な感じがしないので、相手にも感情があることに気づかない、と言ったほうが正確かもしれない)ところが気になっていた。

元夫は自分では否定していたけれど、けっこうな権力志向で、たぶんとても出世欲が強かった。でもそんな元夫について、上にいけばいくほど人の心の機微が読めないその性質が彼の野望を邪魔する気が私はしていた。たぶん人望が出ないように思えて。
彼は年長者を敬うということが足りない人だったから、年上に嫌われる傾向が強かった。一方で、生意気でいきがる若者が好きという男性って割に多いため、そういう人に引き立ててもらって今のところは順調に出世していた。

そうはいってもいつか、どんどん門が狭くなる出世レースで、ああいうタイプは人心をつかめるタイプに負けるんじゃないかな、と心配していた。

結婚していたときは、純粋に心配していたのだ。
そのときは、私が支えたいと願っていた。
だから何度も、ことあるごとに伝えていた。仕事がどうしても嫌になったら辞めてもいいんだよ、と。私はあなたの収入にはまったくこだわらない、あなたが幸せに過ごせることが一番だよ、と。
元夫の権力欲や見栄の強さからいって、今勤めている名の知れた大企業を辞めるはずはないとは思っていた。でももしも出世レースに敗れて嫌な思いをしたときに、私だけは元夫の地位や肩書きでなく、存在そのものを愛して大事に思っているのだということが、彼の救いになればと考えていたのだ。

けれど一方で、元夫が仕事で嫌な思いをしてふてくされてしまうことがあれば、仕事なんて辞めてもらってもいいと本気で思っていた。そういうすね方をする可能性もゼロではないとも考えていた。
そのときには、私が養って支えるつもりだったのだ。だから私は何があっても仕事を辞めるつもりはなかった。
無論、お金についてものすごく貪欲で、自分の自由にできるお金が減ることが許せない元夫自身も、辞めないでほしいと言っていたけれど。


離婚した今となっては、いつか、そうやって元夫の野心が叩きのめされる日が本当に訪れ、そのときに私の手を振り解いたことを後悔すればいいんだけどな、とうっすら願っている。

さんざん傷つけられれば人は聖人君子ではいられない。もともとそんなに清らかな心でもない私は、もう元夫の幸せなんてどうやっても祈れはしないのだ。
別に必ず不幸でいてくれなんて思わないし、幸せか不幸かを確認したいというほどの執着はもうないけれど。