ほどなくして班長が戻ってきて、きっかり10分後からまた訓練は再開された。

 

 

『敬礼』は、“正面から手のひらが見えないようにする”等、自分が今までテレビドラマなどで見て想像していたものとは全く違っていたし、自分が一本の棒になった様にイメージして、上半身がブレないように動かなければならない「回れ右」や「右向け右」等の『方向変換』など、普段しないポーズや動きをひたすら反復演練させられ、皆がくたびれ果てて集中力を欠き始めた頃、また花岡班長が怪しく笑って言った。

 

「よーし、じゃぁみんな目をつぶれ!自分が今からかける号令を聞いて、その通りに動けよ!目は絶対開けるなよ!いいか中川、薄目もダメだぞ!」

 

皆がプッと噴き出す様子が伝わって来た。目の前は真っ暗だ。

 

 

「気を付け!…回れ―右!…左向け左!………」

 

 

いくつも号令をかけられ、その通りに(と自分では思える)身体を動かす。『半ば右向け右』は45度だ。この角度で合っているのか…?と不安になりつつも、ただただ号令に従う。

 

 

 

「……右向け右!…休め!…よし、みんな目を開けてみろ!」

 

こわごわ目を開くと、正面に花岡班長の姿があった。

 

「今、自分と正面から向かい合っている者が正解!それ以外を向いている奴は途中からおかしくなってたぞ!」

 

正面を向いていないのは…見渡すと山さん、たけちゃん、そしてやはり、りーやんが明後日の方向を向いている。

 

「よーし、間違えた奴は腕立て10回!…と言いたいところだけど、自衛隊は『仲間の失敗は自分の失敗でもある』って考える集団だからな!みんなでやるぞ!」

 

花岡班長が中田士長を前に立たせる。中田士長の表情は…『無』そのものだった。

 

「いいか!腕立て伏せの指示が出たときはこうやって姿勢を取るぞ!中田士長、『腕立て伏せの姿勢を取れ!』」

 

中田市長が両手を地面につき「イチ!」と叫び、足を後ろに伸ばしながら「ニ!」と続ける。

 

「よし!みんなでやるぞ!『腕立て伏せの姿勢を取れ!』」

 

「イチ、ニ!」

 

見よう見まねで姿勢を取る。

 

「よ~し、間違ったのは3人だから、3×10で30回!いくぞ!」

 

えっ!?という表情をする間もなく花岡班長の掛け声がかかり、その数分後、私たちはなぜ班長が草の上で訓練をしたのかを知る事になるのだった…。