安らかに… | Tedium Notebook

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かなり気まぐれ→所謂、更新頻度低め(笑)

14日(月)、私の大叔母(大伯母かも)が亡くなりました。

享年101。

大往生です。

 

15年位前から痴ほう症が進み、

ずっと病院(老人ホーム)に入ってました。

入った当初は、母の事は分かってたのに

段々と分からなくなり、晩年は誰の事も

分からなくなり、反応も悪くなっていった。

 

私はそんな大叔母の姿を見たくないのもあり、

母も『元気なおばちゃんの姿だけを

覚えておくのもいいよ』って言ってくれてたので

その言葉に甘え、ずっと行かなかった。

『あんた誰』って言われるのが怖かったのかも。


1ヶ月程前から、状態が悪くなり
老人ホームから病院へと移った。
危険な状態で、いつどうかなっても
おかしくないと言われていたのに、
それでも1ヶ月も持った。
凄い生命力だなって思った。

そして14日の早朝、6時30分位に
病院から危篤の知らせが。
父も私も仕事だったので、丁度仕事が休みだった
母がすぐに病院へと駆け付けたけど、
息を引き取った後でした。7時に亡くなったそうです。
仕事中、母から看取れなかったと…ほろり

ちなみに、大叔母は既に天涯孤独の身。
(いや、姪である母がいるから孤独ではないか!?
18年程前に旦那さんが亡くなり、
その後から痴呆が出て来た。
旦那さんの連れ子の息子さんがいたけど、
そのおっちゃんも、先に逝ってしまった。
なので、大叔母の後見人を
姪である母が務めてたの。

その日の19時からお通夜だったので
私は仕事が終わってから葬儀場へと向かった。
葬儀会場に着いて大叔母の顔を見たんだけど、
思ったほど変わってなくて安心した。
何か、眠ってるだけで呼んだら起きるんじゃないの!?
って位、安らかな顔をしてました。

ホントは次の日のお葬式は出なくてもいいかなって。
祖父母でも、伯父伯母でもないからね。
ちょっと私からしたら遠いから。
でも、生まれた時から可愛がって貰ってたし
お世話になったの。大叔母の家はお隣の
富山県だったんだけど、母と電車に乗って
よく会いに行ってた。

だから、お通夜もお葬式も出たいなって思って、
お仕事お休み貰って出席しました。
兄は北海道に出張中、弟も仕事で
お通夜しか出れなかったから、
余計に私だけでも…って思いが出た。

お葬式当日、火葬場に付いて荼毘にふされる直前、
やっぱり涙が出たよ涙
『生きてる間に、会いに行けば良かったかな』と
少しだけ後悔。でももぅしょうがないので
最後に顔を拝ませて貰った時、
『また数十年後に会おうね』って言ってお別れしました。

ちなみに、遺骨は私の家に持って帰りました。
もう富山の家はないのね。
お寺さんに預かって貰うのも淋しいだろうから、
35日法要で納骨するまでは、私の家で過ごします。
母もその方が淋しくないって言ってるしねふふ

101歳。
凄いよね、1世紀だよ。
本当に長い間お疲れさまでした。
そして、ありがとうございました。