ある雑誌の企画で、帝王切開になった人たちで集まって、気持ちをシェアしたこともありました。それが雑誌に載ったのですが、皆同じように、喪失感があって、それぞれの想いを分かち合うことで、気持ちも楽になってきました。

そして、第一子が3歳になる頃、ちょうど助産院で助産師の欠員が出ました。
「いつか助産院で働いてみたい」と思っていた私は、以前から働けないか聞いていたのですが、縁があり働くことができました。

そして、助産院でお産のお手伝いをしていて気づいたことがありました。
体の準備はもちろん、とっても大事です。でも、それより何よりも大事なこと。

それは、心の準備でした

私は第一子の時、よーくお腹の赤ちゃんに声をかけていました。でも、お腹の赤ちゃんの気持ちに寄り添えていなかったように思います。
例えば、疲れていても無理をしてしまったり、周りに気をつかって、自分をなおざりにしてしまったり…。
自分が無理をするということは、お腹の赤ちゃんはもっともっと負担に感じます。増しては、精神的に我慢したりすることは、自分自身の負担も増すと共に、赤ちゃんも緊張状態になり、ストレスがかかるのです。そのことに、全く気づいていなかったのです。

妊娠中は精神的なストレスはあまりなかったのですが、出産の時は自分自身に集中できない環境を作ってしまっていました。
陣痛が来ているとき、主人が具合悪くなってしまい、それに対して、「何で今私が辛いときに、具合悪くなってるの~!」と言えれば良かったのでしょうが、つい看護師モードになって「大丈夫?」と心配してしまったり、足の悪い母を呼んでしまったことで、腰をさすったりできない、もどかしく思う母を気遣っていたり、、、。
こんな状況では、本当に集中できませんよね。
自分と赤ちゃんのお産なのに、家族のためのお産になってしまっていたと思います。

その1でも書きましたが、陣痛が腰が砕けるような痛みでした。これは、赤ちゃんの回り方が反対方向だったためということがわかりました。(赤ちゃんは産道を回転しながら出てくるのですが、いわゆる回旋異常という状態です。)
気持ちが赤ちゃんに対して、真っ直ぐ向き合えていなかったから、ねじれてしまったのではないかと思います。

実際に、お産を手伝っていて、お産に集中できていない方でうまく進んでいないとき、トイレなどで一人になると、急に進むことを目にします。また、自分の気持ちを落ち着かせストレートに表現している人の方が、スムーズに進んでいるのです。

こういった場面を目の当たりにして、改めて自分の出産を思い返すと、お産に集中できていなかったことに気づいたのです。


その4へ続く