文章力や漢字力ないなりに頑張りました☺️

この話は、私の本当にあった話であり
誰しもがきっと通るであろう、反抗期。
その中での母親との葛藤です。
長くなりますが、是非最後まで読んでください。


私は、小さい頃から親、周りから色々な面で期待をされていたと思います。 

空手では、小学校一年生の時に全日本で3位になり、運動会の駆けっこではいつも上位でした。
その時は、親、周りからの応援や期待がなんだか気持ちよく毎日頑張ろ!頑張ろ!
頑張って喜ばせてあげよ!
っと思うようになっていました。
しかし、いつの間にかそんな期待が
自分の中で大きなプレッシャーと変わってしまい、好きなものがだんだんと恐くなってしまいました。


そんなある日のこと、
突然呼吸も出来ず左半身が痙攣してしまい、自分の力では全く制御できない発作が起こってしまいました。

その次の日くらいに病院に行き、
調べてもらった結果…
てんかんという病気でした。
小さい私には、まだどういう病気か分からずただただ怖かった記憶しかありませんでした。
小学6年生になり、空手では全く勝てなくなり周りに失望されたくなくやめてしまいました…私は逃げてしまったのです。

そして、中学生になり勉強や部活、委員会、
新しいことに沢山触れました。
毎日がとても楽しく、色々なものに興味が湧く年頃でした。私はどちらかと言うとやんちゃな人でも構わず仲良くできる方でした。


中学3年生になり、私はある人と付き合いました。その人は、やんちゃなグループの1人でいつも悪さをし、煙草を吸うような人でした。
そんな人と付き合った私は、夜遊びや学校をサボるなど、味わった事のない楽しさを教えてくれました。夜の世界は、またいつもとは違う世界に見えたのです。それから私はずっと、夜遊びをしたいと思うようになりました。

その頃から親とも上手くいっおらず日に日に口数は減っていました。私の家は厳しく門限がありました。そんな厳しい家に私は自分の自由を奪われたような感じがして、すごく嫌でした。
早く家から出たい…自由が欲しいという思いが大きくなり、私は毎日彼といました。
その方がつまらない毎日が刺激的で楽しかったからです。

母親の目を伺いながら、いい子のふりをして喜ばせるのはもう疲れました。
自分の好きなように生きたい…

そんな変わり果てた私を見て親は、心配で仕方なかったのでしょう。今の私なら分かります。
しかし、あの頃の私には自分のことしか見えていないので、母親の気持ちなんてこれっぽっちも考えていなかった。

次第に私も煙草を吸うようになり、化粧も濃くなり、彼のお友達ともよく遊んだり集まったりするようになってました。少し前の私では、こんな事考えられませんでした。
しかし、そんな自由も長くは続かず、煙草を吸っている事がバレてしまい、母親にすごい勢いで叩かれ、出て行けって言われた事を覚えています。


受験生にもなり、私も焦る毎日でした。
受験生っという事もあり、親が塾に入れてくれましたが…私の態度があまりにも悪く塾側からやめて下さいと言われてしまいました。
勉強もできない私は、内申でなんとかしないとおもいました。なので、体育委員長に立候補したり、自分に出来る限りの事をなるべく尽くしました。その結果、無事に推薦で自分の行きたい高校に合格する事ができました。

春からとある女子校に通い
可愛いブレザーに身を包み
ここに毎日通うんだ…と実感しました。
自分が大人になったような感じで、心はウキウキしました。

でも、現実は自分が思い描いていた物とはかけ離れていました。当時、mixiと言うアプリが流行っていてほとんどの人達がmixiを通していろんな人達と交流してました。私も彼氏は欲しいとは思っていましたが流石にネットは怖くて出来ませんでした。

ある日お兄ちゃんとお買い物に行った時、
学校の友達に会いました。
隣にはハーフのイケメンがいて、彼氏かと思ったのですが、次の日聞いたら友達と言ったので喜んだのですが…紹介してとも言えず。
しかし、その日にハーフのイケメンからmixiでDMがあったのです。

それから、何回かやりとりして仲良くなり
会う約束をしました。
実際に会ってみてとても良い人で、話しやすいく何回か会ってるうちに好きになっていました。
彼から告白され付き合うようになったのですが…彼はどんどん変わっていってしまったのです。

親が離婚をしてしまい、彼は父親と一緒に住む事になったのです。学校のお金も払えないという事で学校もやめてしまい、夜遊びをするようになり次第に容姿が変わりっていきました。
わたしが何言っても聞く耳を持ちませんでした。
私は何のためにいるのか、ただの性欲処理なのか…彼が私に怒りをぶつけてくる時は、
本当に怖くて何も言えず従う事しかできなかった。
煙草の火を身体に付けてきたり、叩いてきたり、それでも私はなぜか彼の元へ行ってしまう。
好きだからではないのだと思う…. 
きっと、1人にしたら心配だったから。
同情だったのかもしれません。
彼とは長くは続かず3ヶ月で別れました。

それから私自身も精神的におかしくなってしまいました。家に帰ってもいつも口うるさい母親とちょっとした事での喧嘩の毎日、毎日枯れるまで泣いて、叫んで、物に当たり壁に穴をあけ、自傷行為をするまでに追い詰められてしまいました。


あの時の私は、母親の一言一言が胸に突き刺さり。敏感に反応していた。「産まなきゃ良かった」「私とお父さんの遺伝子が悪かった」「鬼の仮面を化け物」「鬼人」「精神的におかしい」
私はお母さんの何なのか。
母親に必要にされてない。
自分なんていない方がきっと母親は楽になる。
何で私はこんなになってしまったのだろう。

自分への怒りと、理解されないこの気持ち。
誰なら分かってくれたのだろう。
毎日が孤独でした。

そんな私は、やな事があると自分に腹が立ち
自傷行為をする。
悲しいいんだけど、涙を流すんだけど…
笑いが止まらなくなる。
自分でも自分が怖かった。分からなかった…


ある日、母親と何かしらの事で揉めて
服が伸びるまでの取っ組み合いになりました。
 その後に、いきなりナイフを持ってきた母親が私に向かってナイフをもたせました。
そして、「あんたに殺されるんだったら良い」と言われました。私は、状況がよく分からず、ナイフを持たされた手にも力は入らなかったのですが、ここまで母親を追い込んでしまった自分の愚かさ….私はナイフを握りしめ…

床に落としました。

しかし、母親は私を煽るように
「刺しなさいよ!」とずっと言ってきました。
私にはそんなことは出来ない。
きっといなくなって困るのは私なんだ。


それからも、私は寂しさを男で紛らわせていました。しかし、私と出会う男は良い人などいなかった。彼女である私の事など、まったく考える事がなく自分さえよければ良い。 みんな長くは続かない、そういう人ばかりでした。



高校3年生になり、
少しずつ落ち着いていきました。

その年の5月

いつも話を聞いてくれる、優しい人。
優しく正しい事を教えてくれる人。
美味しいものを食べさせてくれる人。
そんな最愛な人私のおばあちゃんが亡くなってしまったのです。




初めて死を感じた時でした。
簡単に人は死んでしまう。
あんなに元気だった人が簡単に病気によって…
自分にとってこの日は、とても大事な日です。

私は人の死を身近で感じ、思った事が
母親もいつ死ぬかわからない
喧嘩してる場合じゃない…
もっと仲良く、家族で色んな所行って
思い出たくさん作って、今までの分笑わせてあげないと!って思えるようになったんです。

その頃の私はまだ、素直に気持ちを言葉で相手に伝える事がでしませんでした。
なので、手紙で自分の気持ちをを綴って
今までの事など、書き机の上に載せておきました。すると、母からの返事が返ってきていたのです…「あなたは私の自慢の娘です。」

それからの街の景色、空気は
全然違うように感じました。
今まで、歪んだようにしか捉えられなかった。
人も、風景も、全てにおいて。
でも、その時はなぜか
空気も景色もどこか違って
気持ちよかった…

生きててよかった。
ただそれだけ。


それから…
私は成長しているのかは分かりません。
しかし、家族で出かけることは多くなりました。会話よくするようになり、
大きな声で笑う事が多くなりました。
朝食は必ず家族で出かけます。
父親と母親と腕組んで歩きます。
誕生日は、必ず家族で祝います。
何かあった時必ず、相談します。

きっと周りから見たら、こんな事があったなど想像ができないと思う。私だって想像出来ません。でも、今だから分かることや気づくことは沢山あります。なぜあの時….などの後悔ばかりです。
でもきっとこうやって思てることで前を向けてると自分の中では思っています。


私は今とても家が大好きです。
家族を愛しています。
皆さんは、心から家族を愛していますか?



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