熱いトタン屋根の猫 | 猫なでにき

熱いトタン屋根の猫

9月26日、ポール・ニューマンが83才で亡くなったという。

昨年引退を表明し、その後ガンであるとの報道もあったので、突然の訃報というわけでもないのだが、やはり数々の名作にその名を刻んできた名優の死は、ひとつの時代の終わりを感じさせ寂しさを覚える。

その死を悼み、彼の主演している映画を観ようと、ライブラリから一本拾ってきた。


1958年の『熱いトタン屋根の猫』。
テネシー・ウィリアムスの戯曲の映画化である。

ニューマンはこの作品で、ガンに冒された父の息子を演じている。


真っ赤なタイトルバックがモダンで美しい。

タイトルは、エリザベス・テイラー演ずるマギーのセリフ
「今の私は“熱いトタン屋根の猫”よ」
から来ている。

彼女の苛立ちを表現したものだが、実は家族それぞれが“熱いトタン屋根の猫”よろしく、苦しみを抱えていながらそこから抜け出すことができないでいるのだ。

当時26才だったテイラーは、単なる美人女優から演技派への脱皮を試みていた時期で、この映画では気の強い妻を体当たりで演じている。

その登場からしてインパクト充分だ。

兄夫婦の子供の悪さに腹をたて、自分にぶつけられたアイスクリームを、そのままその子供の顔になすりつけてしまう。

しかしこの子供(たち)がまた憎たらしいことこの上なく、アイスクリームだらけになった顔をみても全然同情できないのだが(笑)


ニューマン演ずるブリックは、かつてフットボールのスター選手だったが、今は酒に溺れる毎日を送っている男だ。

ポール・ニューマン自身も学生時代はフットボールの選手だったことがあり、設定にリアリティを持たせている。


ブリックは親友の死以来マギーを拒絶し、冷たい言葉を投げつけるようになる。酒に溺れるようになったのもそれからなのだが、どんなに荒れていてもクールな瞳が濁ることはなく、端正な顔を曇らせるばかりだ。

この頃のテイラーは、目映い美しさとセクシーさに溢れている。画面で動くごとに美をしたたらせているようだ。こんな女性を無視できる男がいるだろうか。


実は、ブリックは妻を憎んでいるわけではない、彼もまた苦しんでいるのだ……ということが、逃げ込んだバスルームでのこのシーンが物語る。

マギーが脱いだローブにすがり、苦悩に顔を歪ませるブリック。ポール・ニューマンのストイックな演技が際だつ。

冷たい彫刻のように整った顔立ちのニューマンと、赤い情熱を燃やすように美しさをふりまくテイラーの対比が、夫婦の温度差と苦しみをより強く感じさせる。
しかし、ふたりが並んで画面にいるだけで、なんて絵になるんだろう。


家族は、父の退院と誕生祝いの為にこの家に集まっているのだが、実は父の病気は重く、医者にもさじを投げられている。

周囲は本人に知らせまいとしているが、ブリックはそれを苦々しく思っている。

父親は封建的でワンマンな経営者で、家族に対しても「この家のボスは一体誰だ!くだらん!」といいはなつ。誰も彼に意見などできない存在だ。


父と子が激しく言い争うさまをうつすように、外は嵐が吹き荒れる。
ブリックはその嵐の中を飛び出し、口論からつい病気の真実を伝えてしまう。父は真実の告白にショックを受け、地下室へ向かう。


地下室には、様々な骨董品、美術品がしまわれ、放置同然になっている。それはそのまま、この家族の心の中のようだ。物に溢れているが、顧みられることがないのだ。

この時、上の部屋では兄が母に詰め寄り、これまで言えなかったことを訴える。地下室との対比が面白い構成になっている。


初めて、心からお互いにぶつかり合いながらも本音で話したあと、父親は晴れ晴れとした顔でブリックに言う。
死を覚悟したぞ  お前に生きる覚悟は?
その言葉で、ブリックは前へ踏み出していく。

そして、父に希望を与えたくてマギーがついた「子供ができたの」という嘘に、恐らくはそれと知りつつも目をじっと見つめ、
本当だ。マギーには命がやどっている。
という。マギーの瞳のかがやきに、真実以上の真実をみたのだろう。

主役二人はもちろんだが、この父親を演じたバール・アイヴスの圧倒的な存在感が、この映画を芯の通ったものにしていると思う。

今の時代からみると、こんな封建的な父親はナンセンスかもしれないが、圧倒的な支配力の父親がいてこそ、そこから脱して成長していくのだという示唆も読み取れる。


そしてもう一人。このドラマの中で、ひときわ印象に残るのがこの女性だ。
兄嫁メイを演じている、マデレーン・シャーウッド。

義父母に媚びを売り、その影で弟夫婦をこきおろし、子供たちを父におべっかを使う道具にしたてあげ、笑顔で毒舌を吐く。最後まで、その独特のファニーフェイスで、憎々しく醜悪な兄嫁を演じきった彼女は見事だ。

家族の心が新しい結びつきを得るころ、外の嵐も収まり、平穏な夜がやってくる。


映画の最後、夫婦が絆を取り戻して寝室で抱擁を交わす、このシーンが洒落ている。

夫がこれまで寝ていたソファに置いてあった枕を、後ろ手につかんで、


ベッドに向かって放り投げる。


枕が、もうひとつの枕のとなりに着地したところで、The End。


* * *


これはわずか半日の間に起こる家族の物語で、テネシー・ウィリアムズらしい室内劇だ。
原作はピューリッツァー賞も受賞している。

そして、ポール・ニューマンは、受賞こそ逃したものの、この映画の演技ではじめてアカデミー賞にノミネートされたのである。

俳優は、数々の作品を経て名優になり、私達を楽しませてくれた。
私達はこれからもずっと、彼の姿をスクリーンに見続けることができることを幸せに思う。
心から、彼の冥福を祈る。安らかならんことを。



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