「おろち」が見せる世界
楳図かずおの名作『おろち』が映画化されたので、それを観る前にと、新装版『おろち』を読んだ。
中学生くらいの時、お小遣いが少なくて買えず、近所の本屋(同級生の家)で立ち読みで読んで以来。もう、怖くて目が離せなくて、そのまま脳髄に刻みつけられた、強烈なイメージ。
そして、新しい装丁、きれいな印刷での再会……その怖さはそのままに。
大人になってから読む『おろち』は、怖さの他に悲しさ、寂しさ、なんともいえない感慨も連れてきた。
主人公のおろちは、いつの頃からか生き続けている少女。世の中と人間を観察し、100年に一度眠りにつく。

楳図かずおの漫画といえば、おどろおどろしさが思い出されるが、実のところ一番の怖さは、そこではない、と『おろち』を読んで改めて思う。
この世ならぬ存在のとしておろちが現れるが、実はこの世のもの…人の心こそが、一番怖い。恐ろしい。
そのことを、『おろち』は真正面からつきつけてくる。
最近、世間では悲しい暗い事件が多い。人が自殺する、殺される、そんなことが毎日のように起きている。
自ら手を下して人を殺せば殺人の罪でさばかれるが、自ら手を下さずに、人を死に追いやる者もいる。実際の罪のあるなしの確信なく、想像だけで人を糾弾できる人もいる。
そういう、「正義」の名の下に誰かの人生に悪意を注ぎ込む行為は、一体誰が止めることができるのだろうか。
『おろち』は、意識する悪意と意識しない悪意、それらが混在するこの世の恐ろしさを、その美しい目で見せてくれる。どんなに恐ろしくても、その現実から逃れられないと。
今もどこかにその美しい少女が立っていて、どこかの家を見上げているのではないか……。つい、そんなことを考えてしまう。
そしてこの世を見つめ続けるおろちという存在の悲しさを改めて思う。
それにしても、楳図かずおの絵の素晴らしさには圧倒される。
上手いとか下手とか超越して、ただただ、素晴らしい。
机にそのまま置いておけないくらい、恐ろしくもあるけど。
さあ、映画の『おろち』はどんな作品に仕上がってるだろうか。
楳図かずおのかもしだす空気の一片でもそこにあるなら、それはきっといい映画になっているだろう。

中学生くらいの時、お小遣いが少なくて買えず、近所の本屋(同級生の家)で立ち読みで読んで以来。もう、怖くて目が離せなくて、そのまま脳髄に刻みつけられた、強烈なイメージ。
そして、新しい装丁、きれいな印刷での再会……その怖さはそのままに。
大人になってから読む『おろち』は、怖さの他に悲しさ、寂しさ、なんともいえない感慨も連れてきた。
主人公のおろちは、いつの頃からか生き続けている少女。世の中と人間を観察し、100年に一度眠りにつく。

楳図かずおの漫画といえば、おどろおどろしさが思い出されるが、実のところ一番の怖さは、そこではない、と『おろち』を読んで改めて思う。
この世ならぬ存在のとしておろちが現れるが、実はこの世のもの…人の心こそが、一番怖い。恐ろしい。
そのことを、『おろち』は真正面からつきつけてくる。
最近、世間では悲しい暗い事件が多い。人が自殺する、殺される、そんなことが毎日のように起きている。
自ら手を下して人を殺せば殺人の罪でさばかれるが、自ら手を下さずに、人を死に追いやる者もいる。実際の罪のあるなしの確信なく、想像だけで人を糾弾できる人もいる。
そういう、「正義」の名の下に誰かの人生に悪意を注ぎ込む行為は、一体誰が止めることができるのだろうか。
『おろち』は、意識する悪意と意識しない悪意、それらが混在するこの世の恐ろしさを、その美しい目で見せてくれる。どんなに恐ろしくても、その現実から逃れられないと。
今もどこかにその美しい少女が立っていて、どこかの家を見上げているのではないか……。つい、そんなことを考えてしまう。
そしてこの世を見つめ続けるおろちという存在の悲しさを改めて思う。
それにしても、楳図かずおの絵の素晴らしさには圧倒される。
上手いとか下手とか超越して、ただただ、素晴らしい。
机にそのまま置いておけないくらい、恐ろしくもあるけど。
さあ、映画の『おろち』はどんな作品に仕上がってるだろうか。
楳図かずおのかもしだす空気の一片でもそこにあるなら、それはきっといい映画になっているだろう。
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