『愛妻記』からこぼれる笑顔
フランキー堺主演の映画、『愛妻記』(1959) は、時折無性に観たくなる映画だ。
尾崎一雄の小説『芳兵衛物語』を原作に、この映画は作られた。尾崎一雄は私小説作家で、つまりこの話も彼自身の物語、彼自身の妻を描いた物語なのだ。
原作のタイトルにある“芳兵衛”とは、主人公多木太一の妻、芳江のあだ名である。
映画の時代は昭和7年。まだ戦争の影はなく、どことなくのんびりとした空気がある。

売れない文士の多木太一は34才。
下宿代も満足に払えないが、一向気にするでなく、新婚の後輩が始めた新しい商売、「麻雀クラブ」の手伝いなんかしながら暢気に暮らしている。
その店には、後輩の新妻の友人という、芳江もいた。底抜けに明るい芳江は、子供っぽくてほっとけない可愛い20才。多木はなにかれと世話をやくうちに、その天真爛漫さにひかれ、芳兵衛と呼んで可愛がる。
そしていつしか彼の下宿で「多木さんの奥さん」として一緒に住むことに。

とにかく、この芳兵衛こと芳江役の、司葉子が可愛い!
にーっと笑ったその笑顔が、なんの飾りもなくて、正直な明るい顔なのだ。
司葉子といえば、上品な奥様風という印象があったのだが、若い頃はこういう表情もあったんだなあ。こっちまで幸せになる笑顔だ。
多木と一緒に住んで、貧乏で質屋に着物を入れても、みじめな顔ひとつせずに笑顔で
「儲かったネ!」
とはしゃぐ芳兵衛。
自分と一緒じゃなきゃあ、苦労知らずの娘だったろうに、と思う多木は、いつも少し複雑そうに、笑う。

このシーンは、映画のラスト、
「あのね、いいこと教えてあげる…」
と、芳江がニコニコと耳打ちをしたあとの、多木の感激した笑顔だ。
二人に、子供ができたのだ。本当の家族になるのだ。
フランキー堺の、この顔、表情のひとつひとつも、本当にいい。
この映画は笑顔の映画だ。
可愛くて嬉しくて、しみじみとして、幸せになる。
実際の尾崎一雄が松枝夫人と結婚したのは、尾崎31才、松江夫人18才の時だそうである。
映画の設定より1年早い、昭和6年のこと。
新人の作家で、若い所帯で、本当に苦労が多かったろうと思うが、実際にこうして精神的に大らかに彼を支えていたのであろう。
実は、尾崎一雄の孫にあたる人と、昔友達付き合いをしたことがあり、尾崎一雄ゆかりの家という小田原の一軒家に泊まらせていただいたことがある。
その時分はまだ若く、それほど尾崎作品に触れてもいなかったので「昔の芥川賞作家」くらいの認識しかなかった。
現在は付き合いも途切れているが、今だったら聞きたい話とかもいろいろあるのだが……。もったいないことをした、などと考えてもせんないことを思ったりする。
尾崎一雄の小説『芳兵衛物語』を原作に、この映画は作られた。尾崎一雄は私小説作家で、つまりこの話も彼自身の物語、彼自身の妻を描いた物語なのだ。
原作のタイトルにある“芳兵衛”とは、主人公多木太一の妻、芳江のあだ名である。
映画の時代は昭和7年。まだ戦争の影はなく、どことなくのんびりとした空気がある。

売れない文士の多木太一は34才。
下宿代も満足に払えないが、一向気にするでなく、新婚の後輩が始めた新しい商売、「麻雀クラブ」の手伝いなんかしながら暢気に暮らしている。
その店には、後輩の新妻の友人という、芳江もいた。底抜けに明るい芳江は、子供っぽくてほっとけない可愛い20才。多木はなにかれと世話をやくうちに、その天真爛漫さにひかれ、芳兵衛と呼んで可愛がる。
そしていつしか彼の下宿で「多木さんの奥さん」として一緒に住むことに。

とにかく、この芳兵衛こと芳江役の、司葉子が可愛い!
にーっと笑ったその笑顔が、なんの飾りもなくて、正直な明るい顔なのだ。
司葉子といえば、上品な奥様風という印象があったのだが、若い頃はこういう表情もあったんだなあ。こっちまで幸せになる笑顔だ。
多木と一緒に住んで、貧乏で質屋に着物を入れても、みじめな顔ひとつせずに笑顔で
「儲かったネ!」
とはしゃぐ芳兵衛。
自分と一緒じゃなきゃあ、苦労知らずの娘だったろうに、と思う多木は、いつも少し複雑そうに、笑う。

このシーンは、映画のラスト、
「あのね、いいこと教えてあげる…」
と、芳江がニコニコと耳打ちをしたあとの、多木の感激した笑顔だ。
二人に、子供ができたのだ。本当の家族になるのだ。
フランキー堺の、この顔、表情のひとつひとつも、本当にいい。
この映画は笑顔の映画だ。
可愛くて嬉しくて、しみじみとして、幸せになる。
実際の尾崎一雄が松枝夫人と結婚したのは、尾崎31才、松江夫人18才の時だそうである。
映画の設定より1年早い、昭和6年のこと。
新人の作家で、若い所帯で、本当に苦労が多かったろうと思うが、実際にこうして精神的に大らかに彼を支えていたのであろう。
実は、尾崎一雄の孫にあたる人と、昔友達付き合いをしたことがあり、尾崎一雄ゆかりの家という小田原の一軒家に泊まらせていただいたことがある。
その時分はまだ若く、それほど尾崎作品に触れてもいなかったので「昔の芥川賞作家」くらいの認識しかなかった。
現在は付き合いも途切れているが、今だったら聞きたい話とかもいろいろあるのだが……。もったいないことをした、などと考えてもせんないことを思ったりする。