その言葉通り、すべてを回収するころには日付が変わってしまった。その間、水分は口にするが、食べている時間はなく、ひたすら同じ作業を繰り返す。この日の漁獲は23杯。初めてにしては上出来だそうだが、ほかの漁師の無線では、3隻中最下位と言う結果。しかも、時間は午前2時。
次の仕掛け投入まではあと二時間。寝る暇がない。そのまま起き続け、また仕掛けを投入していく。老人はその間、仮眠をとるから、昼前に起こせ、と言って船室に消える。黙々と作業をしていたが、昨日よりは手際もよくなり、正午前にはコーヒーを飲む余裕もできた。
老人を起こすと、先頭に戻るまで時間があるから、仮眠を取れ、と言ってくれたので、二時間ほど眠る。起きたらまた回収作業に移る。この辺りが一回目の疲労のピークだった。
体が慣れていないというのもあるが、精神的に参っていたのが大きかった。気力でこの日を乗り切り、作業はまだまだ老人にはかなわないが、何とか日付が変わるまでに終える事が出来た。ここから5日間、海況にも恵まれ、順調な操業が続いた。
4日目からは、すべて一人で操業するようになったが、船上での動きも軽くなり、体も慣れてきて、多少の揺れではびくともしなくなったし、何よりイカを仕留めるコツを覚えたのが大きかった。初日に比べるとぐんと効率が上がり、夜9時には作業を終わらせられるようになってきた。こうなると、しっかり休む時間が取れる分、効率も上がる。老人からはこれでようやく飯が食べられるわ、と軽く嫌味を言われたが、明日からは、もう一日寝ていてもいいですよ、ご老体にはきついでしょうから、と返した。お互い、頬がこけ、髭だらけの顔を緩ませ、久しぶりに笑った。
漁獲もこの日までで130杯となかなかの好成績だ。だが、ソデイカ漁について回る邪魔者、ムラサキイカと言う30㎝くらいのイカがすでに120杯は上がっている。これもお金になるから、と老人は言うが、次から次へと上がって来ては、下処理に時間をくう。イライラしている私を見て、老人は青いな、と鼻で笑い、確かにこいつは一杯あたり、100円くらいだ。色白よ、お前は道に100円が100枚落ちていても拾わないのか?と言う。
確かに、それなら拾いますけど、と返すと、それと同じことだ、小さい額でも現金に換えていく。それが漁師として生きていく鉄則だ。潜り漁の時も皆、大物以外も仕留めてくるだろ?その一匹の価値は小さくとも、後々大きな利益をもたらしてくれるとわかっているんだ。目の前の獲物を確実に利益に変えて行く事、そしてその先の利益を見据えないと漁師としては半人前のままだぞ。頭では分かっているが、こうも手間がかかるとどうしてもそのまま海へ戻したくなる。多少のいら立ちを覚えながらも、この日はちょうど折り返しだ。久しぶりに口にした炊き立ての白米の味は想像以上の感動を与えてくれた。
老人は早々に船室にこもり、眠りについた。船は明日の操業ポイントへと向かっている。航路とレーダーを見ながら、見張り役をする。時折入ってくる仲間からの無線に応え、お互いの状況を確認する。空高くにはか細く光る三日月。明日は新月か、とぼんやりと考える。今日で陸を離れて9日。会社勤めでは一生経験することはなかっただろう経験を、たった九日で数多く経験した。一日の睡眠時間は陸に居る時よりもはるかに少ないが、充実している。
自分がこんなにタフだったとは、と驚かされる。心地よい疲れは、ふわふわと宙に浮くような不思議な感覚を与えてくれる。一人で操業できた自信が余裕を生んでいる。ここにきて、気力、体力ともに最高な状態だ。船室から出て、船首に向かう。さすがに12月も近くなってくると、夜は肌寒く感じる。遥か西方に自分が帰る場所があるはずなのに、今はこうして肌で自然を感じる事が出来るこの場所に幸せを感じている。海は偉大だな、と改めて思う。これまでも様々な顔を見せてくれた。その姿に恐怖もしたが、今はこんなにも穏やかな気持ちにさせてくれる。
一つ間違えれば、一気に生命の危機に陥る状況だが、『死』が現実味を帯びるにつれて、『生』はどんどん輝きを増していく。星の終わりの最後の輝きのように、強く儚い光だが、私に経験したことのない高揚を与えてくれている。
濡れ羽色のベールに包まれた空を眺めながら、そんなことを考えていると、東の空が朱鷺色に染まり出し、次第に茜色へと移り変わる。
10日目だ。
次の仕掛け投入まではあと二時間。寝る暇がない。そのまま起き続け、また仕掛けを投入していく。老人はその間、仮眠をとるから、昼前に起こせ、と言って船室に消える。黙々と作業をしていたが、昨日よりは手際もよくなり、正午前にはコーヒーを飲む余裕もできた。
老人を起こすと、先頭に戻るまで時間があるから、仮眠を取れ、と言ってくれたので、二時間ほど眠る。起きたらまた回収作業に移る。この辺りが一回目の疲労のピークだった。
体が慣れていないというのもあるが、精神的に参っていたのが大きかった。気力でこの日を乗り切り、作業はまだまだ老人にはかなわないが、何とか日付が変わるまでに終える事が出来た。ここから5日間、海況にも恵まれ、順調な操業が続いた。
4日目からは、すべて一人で操業するようになったが、船上での動きも軽くなり、体も慣れてきて、多少の揺れではびくともしなくなったし、何よりイカを仕留めるコツを覚えたのが大きかった。初日に比べるとぐんと効率が上がり、夜9時には作業を終わらせられるようになってきた。こうなると、しっかり休む時間が取れる分、効率も上がる。老人からはこれでようやく飯が食べられるわ、と軽く嫌味を言われたが、明日からは、もう一日寝ていてもいいですよ、ご老体にはきついでしょうから、と返した。お互い、頬がこけ、髭だらけの顔を緩ませ、久しぶりに笑った。
漁獲もこの日までで130杯となかなかの好成績だ。だが、ソデイカ漁について回る邪魔者、ムラサキイカと言う30㎝くらいのイカがすでに120杯は上がっている。これもお金になるから、と老人は言うが、次から次へと上がって来ては、下処理に時間をくう。イライラしている私を見て、老人は青いな、と鼻で笑い、確かにこいつは一杯あたり、100円くらいだ。色白よ、お前は道に100円が100枚落ちていても拾わないのか?と言う。
確かに、それなら拾いますけど、と返すと、それと同じことだ、小さい額でも現金に換えていく。それが漁師として生きていく鉄則だ。潜り漁の時も皆、大物以外も仕留めてくるだろ?その一匹の価値は小さくとも、後々大きな利益をもたらしてくれるとわかっているんだ。目の前の獲物を確実に利益に変えて行く事、そしてその先の利益を見据えないと漁師としては半人前のままだぞ。頭では分かっているが、こうも手間がかかるとどうしてもそのまま海へ戻したくなる。多少のいら立ちを覚えながらも、この日はちょうど折り返しだ。久しぶりに口にした炊き立ての白米の味は想像以上の感動を与えてくれた。
老人は早々に船室にこもり、眠りについた。船は明日の操業ポイントへと向かっている。航路とレーダーを見ながら、見張り役をする。時折入ってくる仲間からの無線に応え、お互いの状況を確認する。空高くにはか細く光る三日月。明日は新月か、とぼんやりと考える。今日で陸を離れて9日。会社勤めでは一生経験することはなかっただろう経験を、たった九日で数多く経験した。一日の睡眠時間は陸に居る時よりもはるかに少ないが、充実している。
自分がこんなにタフだったとは、と驚かされる。心地よい疲れは、ふわふわと宙に浮くような不思議な感覚を与えてくれる。一人で操業できた自信が余裕を生んでいる。ここにきて、気力、体力ともに最高な状態だ。船室から出て、船首に向かう。さすがに12月も近くなってくると、夜は肌寒く感じる。遥か西方に自分が帰る場所があるはずなのに、今はこうして肌で自然を感じる事が出来るこの場所に幸せを感じている。海は偉大だな、と改めて思う。これまでも様々な顔を見せてくれた。その姿に恐怖もしたが、今はこんなにも穏やかな気持ちにさせてくれる。
一つ間違えれば、一気に生命の危機に陥る状況だが、『死』が現実味を帯びるにつれて、『生』はどんどん輝きを増していく。星の終わりの最後の輝きのように、強く儚い光だが、私に経験したことのない高揚を与えてくれている。
濡れ羽色のベールに包まれた空を眺めながら、そんなことを考えていると、東の空が朱鷺色に染まり出し、次第に茜色へと移り変わる。
10日目だ。