おはようございます。
例え巨額の課税漏れが生じたとしても「租税法律主義」という大原則は守られなければならない、この考えを示した判決に武富士事件があります(最高裁平成23年2月18日第二小法廷判決・判例タイムズ1345号115頁))。
消費者金融大手武富士の元会長が長男を香港(国外)に赴任させ、その長男にオランダ(国外)にある財産約1,653億円を贈与しました(贈与日は平成11年12月27日)。
当時の相続税法では、国外に住所がある人に対して国外にある財産を贈与しても贈与税は課税されない規定になっており、贈与税回避の手段としてこのようなことが行われていました(裏を返すと、住所が日本にあれば課税できるということです)。
第1審の東京地裁平成19年5月23日判決(税務訴訟資料257号順号10717)でも、「贈与者が所有する財産を国外へ移転し、さらに受贈者の住所を国外に移転させた後に贈与を実行することによって、我が国の贈与税の負担を回避し、又は、いずれの国の贈与税の負担も免れるという方法が、節税方法として一般に紹介されていた」と述べています。
長男は、通算約3年半にわたる赴任期間のうち約3分の2(65.8%)を香港で過ごし、約4分の1(26.2%)を日本(杉並区)で過ごしていたとされています。
とはいってもこれだけの額ですから、課税庁側としては何とかして課税をしたいと考えます。
住所がどこにあるのかは、単に住民票の記載事項により判断するのではなく、客観的事実に加え本人の居住意思・目的も考慮して総合的に判断するとし、「住所は香港ではなく日本にある」と主張、贈与税約1,157億円(加算税を含めると1,300億円超)の決定処分をしました。
これを不服として納税者(長男)が提訴をしたものです。
この裁判の争点は至ってシンプルで、「住所は香港と日本のどちらにあるのか」です。
香港にあると認定されれば贈与税の決定処分は違法ということになります。
相続税法に「住所」の定義はないため、民法第22条からの借用概念(※)と考えられていますが、原審の東京高裁では課税庁側の主張が支持されていました(東京高裁平成20年1月23日判決・判例タイムズ1283号119頁)
「一定の場所が生活の本拠に当たるか否かは、住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の存否、資産の所在等の客観的事実に、居住者の言動等により外部から客観的に認識することができる居住者の居住意思を総合して判断するのが相当である。なお、特定の場所を特定人の住所と判断するについては、その者が間断なくその場所に居住することを要するものではなく、単に滞在日数が多いかどうかによってのみ判断すべきものでもない(最高裁判所昭和27年4月15日第三小法廷判決・民集6巻4号413頁参照)。」(下線は筆者)
贈与税を回避することが目的の本件においては香港への居住意思は認められず、住所は日本にあるとされたわけです。
※民法第22条 「各人の生活の本拠をその者の住所とする」
借用概念とは、他の法分野で用いられている概念を借用することを意味し、「借用概念は他の法分野におけると同じ意義に解釈するのが、租税法律主義=法的安定性の要請に合致している」とされています。(金子宏 『租税法 第23版』 弘文堂 2019年 P127)
しかし、最高裁判決では、
「住所とは、反対の解釈をすべき特段の事由はない以上、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である〔最高裁昭和29年(オ)第412号同年10月20日大法廷判決・民集8巻10号1907頁〕」(下線は筆者)
とされ、住所は客観的事実のみに基づいて判断すべきとしました。
その多くを香港で過ごしていたことから、
「本件贈与を受けた時において、本件香港居宅は生活の本拠たる実体を有していたものというべきであり、本件杉並居宅が生活の本拠たる実体を有していたということはできない。」
として香港に住所があったと認定しました。
民法には「生活の本拠を住所とする」としか書かれていないのだから、そこに居住意思等も判断材料として加えるのは「文理解釈」としては難しく「法的安定性」が損なわれるということですね。
結果的に最高裁が上記の判断をしたことから贈与税課税は違法となりましたが、高裁判決から最高裁判決まで約3年も要していることから、その判断に注目が集まっていました。
判決文の最後に、今回のような事案に対しては「住所」の解釈だけで課税するのは困難だと書かれています。
「法が民法上の概念である「住所」を用いて課税要件を定めているため、本件の争点が上記「住所」概念の解釈適用の問題となることから導かれる帰結であるといわざるを得ず、他方、贈与税回避を可能にする状況を整えるためにあえて国外に長期の滞在をするという行為が課税実務上想定されていなかった事態であり、このような方法による贈与税回避を容認することが適当でないというのであれば、法の解釈では限界があるので、そのような事態に対応できるような立法によって対処すべきものである。」(下線は筆者)
これを受けて相続税法が改正され、現在は国外居住者に対する課税は一段と厳しくなっています。
もう一点、本件最高裁判決の注目すべき部分は須藤裁判官の補足意見にあります。
少し長いですが、重要な部分を引用します。
「私は法廷意見に賛成するものであるが、原審が指摘している贈与税回避の観点を踏まえつつ、上告人(筆者注:長男)の住所の所在について、以下のとおり補足しておきたい。
…相続税法において、自然人の「住所」については、その概念について一般的な定義付けがなされているわけでもないし、所得税法3条、所得税法施行令14条、15条などのような何らかの特則も置かれていない。国税通則法にも規定がない。そうすると、相続税法上の「住所」は、同法固有の「住所」概念として構成されるべきではなく、民法の借用概念としての意味とならざるを得ない。結局、民法(平成16年法律第147号による改正前のもの)21条(現行22条)によるべきことになり、したがって、住所とは、反対の解釈をすべき特段の事由がない以上、客観的に生活の本拠たる実体を具備している一定の場所ということになる。租税回避の目的があるからといって、客観的な生活の実体は消滅するものではないから、それによって住所が別異に決定付けられるものではない。本件では、住所を客観的な生活の本拠とは別異に解釈すべき特段の事由は認められないところ、本件贈与当時、上告人の生活の本拠が香港にあったことは否定し得ないから、当然、上告人の住所が香港であったということも正しいわけである。
…一般的な法形式で直截に本件会社株式を贈与すれば課税されるのに、本件贈与税回避スキームを用い、オランダ法人を器とし、同スキームが成るまでに暫定的に住所を香港に移しておくという人為的な組合せを実施すれば課税されないというのは、親子間での財産支配の無償の移転という意味において両者で経済的実質に有意な差異がないと思われることに照らすと、著しい不公平感を免れない。国外に暫定的に滞在しただけといってよい日本国籍の上告人は、無償で1653億円もの莫大な経済的価値を親から承継し、しかもその経済的価値は実質的に本件会社の国内での無数の消費者を相手方とする金銭消費貸借契約上の利息収入によって稼得した巨額な富の化体したものともいえるから、最適な担税力が備わっているということもでき、我が国における富の再分配などの要請の観点からしても、なおさらその感を深くする。一般的な法感情の観点から結論だけをみる限りでは、違和感も生じないではない。しかし、そうであるからといって、個別否認規定がないにもかかわらず、この租税回避スキームを否認することには、やはり大きな困難を覚えざるを得ない。けだし、憲法30条は、国民は法律の定めるところによってのみ納税の義務を負うと規定し、同法84条は、課税の要件は法律に定められなければならないことを規定する。納税は国民に義務を課するものであるところからして、この租税法律主義の下で課税要件は明確なものでなければならず、これを規定する条文は厳格な解釈が要求されるのである。明確な根拠が認められないのに、安易に拡張解釈、類推解釈、権利濫用法理の適用などの特別の法解釈や特別の事実認定を行って、租税回避の否認をして課税することは許されないというべきである。そして、厳格な法条の解釈が求められる以上、解釈論にはおのずから限界があり、法解釈によっては不当な結論が不可避であるならば、立法によって解決を図るのが筋であって(現に、その後、平成12年の租税特別措置法の改正によって立法で決着が付けられた。)、裁判所としては、立法の領域にまで踏み込むことはできない。後年の新たな立法を遡及して適用して不利な義務を課すことも許されない。結局、租税法律主義という憲法上の要請の下、法廷意見の結論は、一般的な法感情の観点からは少なからざる違和感も生じないではないけれども、やむを得ないところである。」(下線は筆者)
明らかな贈与税逃れが目的であったにもかかわらず、1,300億円超の課税ができないというのは国民感情から納得が得られないだろうとしつつも、これは「租税法律主義」という大原則のもとではやむを得ないことだと最高裁の裁判官が述べられたことに重みがあります。
安易に拡張解釈、類推解釈(目的論的解釈)を行うことは許されず、「文理解釈」を原則とする「租税法律主義(課税要件明確主義)」の重要性を再認識させられる事件・判決だと思います。