こんばんは。
前回、事業所得が赤字の場合には「損益通算」の規定が使えますが、事業所得に該当するかどうかの判断が難しい場合があるというお話をしました。
少し専門的になりますが、現在その判断はどのように行われているのか判例を交えながらご紹介したいと思います。
まず、所得税法では事業所得を以下のように定義しています。
「事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得…をいう。」(所得税法27条1項、下線は筆者)
「その他の事業で政令で定めるもの」とあることから、これを受けて所得税法施行令63条にもう少し詳しい説明があるわけですが、その最後(12号)に
「対価を得て継続的に行なう事業」とあり、結局はこの意味を明らかにする必要があります。
しかし、税法にはこれ以上のことは書かれていません。
この条文に列挙されている「事業」であれば特段の問題はないのですが、ここに書かれていない「事業」の場合、「対価を得て継続的に行なう事業」に該当すればその赤字は「損益通算」ができますので、それによって税額に差が出ることになります。
この規定だけでは判断が付かない場合、「事業」の意義を巡って裁判に発展することもあります。
事業所得に該当するかどうかが争われた裁判は多くあるのですが、その中でも次の最高裁判決はその後の裁判にも影響を及ぼすとても有名な判例です(最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決・民集35巻3号672頁)
この裁判では、ある所得が「事業所得」に該当するのか、それとも「給与所得」に該当するのかが争われたのですが、
「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をい」うとする判示がなされました。
①自己の計算と危険(リスク、責任)において独立して営まれていること
②営利性、有償性を有していること
③反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められること
事業所得に該当するためには、この3つの要件を備えていることが必要であるとされました。
その後、名古屋地裁昭和60年4月26日判決(裁判所HP)では、この最高裁判決からもう一歩踏み込んだ考え方が示されました。
この裁判は、「会社役員…が6年間にわたって年間数百回行っていた商品先物取引が,営利性及び継続性は認められるとしても,所得税法施行令63条12号にいう『事業』には当たらないとして,事業所得の…損失額を算入することはできないとした事例(判示事項)」です。
「事業所得」に該当するかどうかの判断として、
「法二七条一項は、事業所得の定義として、農業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得と規定し これを受けた令六三条は、一号から一一号まで具体的な事業の種類を規定し、かつ一二号で前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行う事業も含まれると規定しているところ、商品先物取引は令六三条一号ないし一一号に規定されている事業に該当しないことは明らかであるから、…商品先物取引による損失額が事業所得の金額の計算上生じたものか、雑所得の金額の計算上生じたものかは、…商品先物取引が令六三条一二号にいう対価を得て継続的に行う事業に該当するか否かにある。
そして、一定の経済的行為が右に該当するか否かは、当該経済的行為の営利性、有償性の有無、継続性、反覆性の有無のほか、自己の危険と計算による企画遂行性の有無、当該経済的行為に費した精神的、肉体的労力の程度、人的、物的設備の有無、当該経済的行為をなす資金の調達方法、その者の職業、経歴及び社会的地位、生活状況及び当該経済的行為をなすことにより相当程度の期間継続にて安定した収益を得られる可能性が存するか否か等の諸要素を総合的に検討して社会通念に照らしてこれを判断すべきものと解される」
としています。
(判決文をそのまま引用していますが、下線は筆者。「雑所得」は事業所得ではない所得、つまり損益通算できない所得とお考え下さい)
上の段落では、最初に述べた所得税法と所得税法施行令のことが書かれており、商品先物取引が「対価を得て継続的に行なう事業」に該当するのかどうかが争点となっています。
下の段落では、一定の経済的行為が「対価を得て継続的に行なう事業」に該当するか否かの要件が列挙されていますが、上記最高裁判決の3つのポイントに(特に重要な)以下の2点がプラスされています。
④相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性があるか
⑤諸要素を総合的に検討して社会通念に照らして判断する
そして、
「商品先物取引に営利性、継続性が存することは前記のとおりであるが、その余の諸要素すなわち、自己の危険と計算による企画遂行性の有無…、商品先物取引を行 うのに費した精神的、肉体的労力の程度…、人的、物的設備の有無、資金調達方法…、…職業、社会的地位、生活状況及び商品先物取引により相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性が極めて低いことを総合すると、…商品先物取引が令六三条一二号に該当するものということはできない。」(下線は筆者)
として、商品先物取引は
「雑所得の金額の計算上生じたものであるというべき」
とされました。
(上記の判示事項でも書きましたが)この判決を簡単にまとめると、会社役員が6年間にわたって年間数百回商品先物取引を行っていたが、先物取引は相当期間継続して安定した収益を得られる可能性が極めて低いので事業所得には該当せず、赤字が出たとしても役員報酬(給与所得)との損益通算はできないということです。
いかがでしょう。
何年にもわたって年数百回の先物取引は趣味、副業の域を超えていると思われるかもしれませんが、それでも「事業」とは認められませんでした。
単に「反復継続」するだけでなく、「相当程度の期間継続して安定した収益」が得られているかも「事業所得」と判断される重要な要素であるということですね。
さらに「社会通念に照らして判断」とも書かれています。
この5つのポイントでもまだ分かりにくいところがありますが、「事業所得」と「損益通算」を巡っては多くの裁判があり、それだけ難しい問題だということをご理解頂ければと思います。
※古い判例を紹介しましたが、最近の判例でも上記のポイントを踏襲する形での判決となっています(すべて「事業所得」に該当しません)。
参考:岡山地裁平成21年2月17日判決・税務訴訟資料259号順号11143(先物取引)
東京地裁平成23年2月18日判決・税務訴訟資料261号順号11618(FX取引)
東京地裁平成28年3月4日判決・税務訴訟資料266号順号12817(馬券取引)