今年は担任を持っていないのですが、6年生の社会科を担当しています。

みんなで子どもたちを見ていこうということで、小学校ですが、教科担任制を取り入れています。
教科担任制は個人的にはとても良いと思っています。このことはどこかで書こうと思います。
で、私ってどうも子どもになめられるというか、愛されてしまうようで、色々言われちゃうんです。
この前も
「先生、面白いダジャレを言ってみんなが笑ったら授業はじめよーや」
とか、
「先生、線が曲がってるわー」「まぁ、性格も曲がってるからねー」
挙げ句の果てには
「だって先生、全然怒っても怖くないし、むしろおもしろい」
とまぁ、バカにされまくり


それがずっと嫌で、威厳のある先生になるためにめっちゃ努力してきたんです。
子どもの横を通ると背筋が伸びるみたいなのに憧れてました。
先生の話をキラキラした目で聞いて「はいっ!!!」と答えてくれるのを期待してました。
事実、そんなふうにできる先生もいるんですよね。
そんな先生に憧れて、もっと指導力をつけなくちゃって心から思ってました。
が、結局、今もこんな感じです
ある保護者に「先生のキャラじゃないですよー」と言われたことがあります。
自分のこだわりの形に無理やりもっていこうとしていたんです。
子どもの気持ちとか考えずに自分のことばっかり考えていた何と身勝手な先生だったんだろうって思います。(ごめんなさい!!
)
自分のもっているものを否定して、自分らしくないことを追いかけた結果はやっぱりうまくいきませんでした。
自分を否定している訳だから当然ですよね。
からかわれる=指導力がないと思い込んでいたんですね。
子どもに舐められたらダメ!ってずっと自分に❌をつけていたんですね。
もう、最近ではそんな自分が⭕️ってダメな自分もまるっと愛するようにしているのですが、からかわれる自分を⭕️とすると、すごく楽になりました。
子どもを追い詰めなくなりました。
からかわれてもそれにのっかっていけるようになりました。
できない子どもに優しくなりました。
先日の社会でのからかわれた時に「そうやってからかわれるのが悩みなんよねぇ。」なんていうと、後から女子がアドバイスをくれました(笑)
「キャラだから仕方ないよー」
やっぱりそこなんですよね。
昔アドバイスをいただいた保護者の言葉と重なりました。
ちなみに統計学で言うと、私の特性は…
キーワードは自由と快楽。
みんなを楽しませることができるエンターティナー。
楽しんでいれば成功する。
私が求めていた威厳があり尊敬される先生とは真逆💦
そりゃあ、苦しいはずです
理想の教師像とはちょっとちがうけど、自分のキャラを知り、自分のキャラを大切にして、自分らしく生きることが大事だなぁと思う今日この頃です。