問題点をよく理解していない人も多い?
まずはコチラ をご覧ください。
標本とはいえ,これは本物の死体(あるいはその一部)である。
興味本位で死体を眺めていいものかどうか。
ミイラってご存知ですよね。
ピラミッドからミイラが発見されたとか,古墳からミイラが出土したとかいうと,学術的調査をしたのちにそれが展示されることがあります。
ミイラだって死体です。
だとすると,死体の展示ということに関して言うとさほど問題にならないのでは?という考え方も出てきます。
でも,そのミイラは大切に保管,保存されます。
それを見学する人々も何だかミイラを粗末に扱えないと感じるところがあるはずです。
標本としての重要性を認識しているというのもさることながら,何百年,何千年もの昔の人々との対面に何かしら感じるところがあるのだと思います。
医学部に行くと死体標本があります。
その目的は学生の解剖実習のためであったり,あるいは大学での研究のためであったりします。
余談ですが,僕の知っている高校のある生物学の先生は自分が死んだら学校に全身の骨を標本として寄贈すると宣言しましたし,ある大学の医学部解剖学の教授は自分が死んだら自分の身体を解剖実習のために寄贈すると宣言しています。これは全て研究のため,学生のため,未来のため,医学の進歩のため,自ら進んで寄贈するものです。自らの身をささげるという諸先生方の行為は,諸先生方の仕事が医学の進歩のために必要なことであるとはいえ,それ自体が罪深い行為であることを認識した上での最大限の懺悔なのかもしれません。
それはさておき,医学部に保存されている標本と称されるご遺体も,その取り扱いはかなり慎重にされています。
献体していただいたご本人とご親族に対しての敬意をもって最大限に尊厳が守られるように扱われています。
目に余る行為を行なった学生が退学になることすらあります。
これらは,標本としての重要性もありますが,人としての尊厳にも最大限配慮されています。
人体の不思議展と同様に扱うことはできません。
普通の人は死体を見ると平静ではいられないと思います。
なぜなら,それが死体だからです。
葬儀の時にお亡くなりになられた方の御顔を拝顔したことがありますか?
それですらドキッとすると思います。
人体の不思議展ではどうでしょう?
まるで博物館や動物園じゃありませんか?
それが本物の人であるという認識が薄らいでいるということはないですか?
よくできた精巧な模型としか認識していなかった人もいるかもしれない。
主催する側の責任は非常に大きいが,実はこれ,見に行く側にも大きな問題がある。
何も考えずに見に行った人多いんじゃないかな?
しかも,興味本位で。
人体の不思議展に感動したという人には申し訳ないが,実は学術的意味合いなんてほとんどないに等しいものばかりで,ご本人やご家族の意思が標本として役立てて欲しいというものであったとしても,実はその用をなしていないという悲しい結果に終わっている。
主催者たちの金もうけの道具にしかなっていない。
はっきり言おう。
あれは学問ではなく,ただのエンターテインメントに過ぎない。
興味本位の展示物・・・要するに“見世物”だ。
彼ら,彼女ら,そしてご遺族らはそれを望んでいたのか?
そうなることを知っていたのか?
それを知っていたら許可しただろうか?
今この現状に納得しているだろうか?
彼ら,彼女らの人としての尊厳が守られているといえるのだろうか。。。
例え本人が許可していたとしても,人としてこれは行なっていい行為なのだろうか。。。
まずはコチラ をご覧ください。
標本とはいえ,これは本物の死体(あるいはその一部)である。
興味本位で死体を眺めていいものかどうか。
ミイラってご存知ですよね。
ピラミッドからミイラが発見されたとか,古墳からミイラが出土したとかいうと,学術的調査をしたのちにそれが展示されることがあります。
ミイラだって死体です。
だとすると,死体の展示ということに関して言うとさほど問題にならないのでは?という考え方も出てきます。
でも,そのミイラは大切に保管,保存されます。
それを見学する人々も何だかミイラを粗末に扱えないと感じるところがあるはずです。
標本としての重要性を認識しているというのもさることながら,何百年,何千年もの昔の人々との対面に何かしら感じるところがあるのだと思います。
医学部に行くと死体標本があります。
その目的は学生の解剖実習のためであったり,あるいは大学での研究のためであったりします。
余談ですが,僕の知っている高校のある生物学の先生は自分が死んだら学校に全身の骨を標本として寄贈すると宣言しましたし,ある大学の医学部解剖学の教授は自分が死んだら自分の身体を解剖実習のために寄贈すると宣言しています。これは全て研究のため,学生のため,未来のため,医学の進歩のため,自ら進んで寄贈するものです。自らの身をささげるという諸先生方の行為は,諸先生方の仕事が医学の進歩のために必要なことであるとはいえ,それ自体が罪深い行為であることを認識した上での最大限の懺悔なのかもしれません。
それはさておき,医学部に保存されている標本と称されるご遺体も,その取り扱いはかなり慎重にされています。
献体していただいたご本人とご親族に対しての敬意をもって最大限に尊厳が守られるように扱われています。
目に余る行為を行なった学生が退学になることすらあります。
これらは,標本としての重要性もありますが,人としての尊厳にも最大限配慮されています。
人体の不思議展と同様に扱うことはできません。
普通の人は死体を見ると平静ではいられないと思います。
なぜなら,それが死体だからです。
葬儀の時にお亡くなりになられた方の御顔を拝顔したことがありますか?
それですらドキッとすると思います。
人体の不思議展ではどうでしょう?
まるで博物館や動物園じゃありませんか?
それが本物の人であるという認識が薄らいでいるということはないですか?
よくできた精巧な模型としか認識していなかった人もいるかもしれない。
主催する側の責任は非常に大きいが,実はこれ,見に行く側にも大きな問題がある。
何も考えずに見に行った人多いんじゃないかな?
しかも,興味本位で。
人体の不思議展に感動したという人には申し訳ないが,実は学術的意味合いなんてほとんどないに等しいものばかりで,ご本人やご家族の意思が標本として役立てて欲しいというものであったとしても,実はその用をなしていないという悲しい結果に終わっている。
主催者たちの金もうけの道具にしかなっていない。
はっきり言おう。
あれは学問ではなく,ただのエンターテインメントに過ぎない。
興味本位の展示物・・・要するに“見世物”だ。
彼ら,彼女ら,そしてご遺族らはそれを望んでいたのか?
そうなることを知っていたのか?
それを知っていたら許可しただろうか?
今この現状に納得しているだろうか?
彼ら,彼女らの人としての尊厳が守られているといえるのだろうか。。。
例え本人が許可していたとしても,人としてこれは行なっていい行為なのだろうか。。。
関連情報URL : http://sky.geocities.jp/jbpsg355/
