『予感』SUPER BEAVER
こんばんは
『僕らは奇跡でできている』つい観てしまいます。
今日、初めてガッキーと愛する田中圭のドラマ観ました。
まずは、『僕らは~』ですが、まあ、ゆったりと観ていられるので、今の私にはいいかもしれない。
ちょっと、エンディングテーマが不釣合いに思いますが、曲が流れて数秒で、曲の世界に引きこまれます。
つい、バンプオブチキンのそうだなあ・・・『天体観測』前後を復元してるかのような(パクリとは言いませんが)、きっと、この人達、バンプの影響うけてるんだろうなあと、疑ってしまいますが。
まあ、そこはいいとして、これだけストレートに聴かせてくれる歌を世に出すのは、いいんじゃないかなあと思ってます。
KO-JIさんの歌だって、深夜のアニメに起用されてもいいくらいなのにと、いつも思ってました。
タイアップには、大人の事情がたくさん見え隠れするから、不服に思うこともあります。
個人的な意見です。
そして、今さっき観てたのは、パズルをやりながら、人の声を聞いていたかったから、たまたまチャンネルを合わせてみただけでしたが。
ここからネタバレ。
「家で介護をする覚悟」。
(まあ、おおざっぱに要約)
どうせ今、病院に入れても、延命装置に繋がれてしまうだけだと・・・。
家で介護していても、床に臥せっている本人の状態は、変わらないではないかと・・・。
「看ているお母さんが鬱になっちゃうんだよ?」と息子達は言っていましたが。
数年前から覚悟をしていたお母さん。
まあね、家ででも、病院ででも、もう良くならない状態って、「息を引き取る日を待つ」ような気分にもなってることになるわけだけど。
少なくとも、私は、どっちにしてもその気持ちがよぎると思ってます。
お友達のお母さんが亡くなる数週間前から、「いずれ、『いつか』は近いので、と言われて、少しでも長く・・・と思う裏側で、その『いつか』のために準備をしている自分が非情に思えたりもした。
最近、1日30分ずつ、喪服まわりの確認作業をしているのは、自分の肉親がもし何時・・・と思うからやっているわけです。
突然の不幸でも、家から不幸があったら、葬儀が終わるまで、家人は絶対外出はしない事!・・・これが田舎の風習なのか、我が家の家訓だから。
昨年の年末に叔父が亡くなり、そこから、『いつか』の時の心得など、親から伝えられることも増えています。
以前にも書きましたが、「喪服、着られるかなあ」という不安を解消できる今だから、やっている事です。
今日も、作業中に、母と「お母さんは喪服を着るのはあと1回であるべきだから、新しく長襦袢を作るくらいなら、ずっとこれを着てきた歴史を背負って、黄ばんだ長襦袢で我慢しようね?」って言わざるを得なくなり・・・。
理想としては、病気ばかりの母が先に逝ってしまったら、父が寂しかろうから、なんとかその喪服は、あと1回、母に着るような順番がいい、などと話した。
そして、しょっちゅう聞かされているが、母は「自分がもし、もう残り少ないとわかったら、透析を拒否して自分のベッド(くも膜下出血の時、退院するまでに急いで買った介護ベッド)に寝ていれば、だいたい1ヶ月ということらしいから、そうやって最期を迎えたい」という意思?遺志?が固まっている。
透析を拒否して、その時を待つ・・・。
本人はもちろん、家族全員だ。
限られた時間がわかっていれば、できれば幸せな空気で、もし可能なら、車椅子でもいいからちょっとした日帰り旅行なんかもいいね。
もちろん、父が倒れたとして、延命に対しての書面があれば、それに従うしかない。
とりあえず、私が出来る介護内容であれば、家で介護するのは私だなと、覚悟はしてはいる。
覚悟していても、出来ない状況なら、それはそれで自分を責めないようにしようとも思っている。
その、昨年亡くなった叔父は、長年パーキンソン病で叔母の介護を受けていたわけだが、最期は病院に入れざるを得なくなり、病院で息を引き取られた・・・。
どんな取り決めがあったか、または、あえて取り決めなど何もしていなかったのか、そこは分からない事だから詮索もしないが。
私のお婆ちゃんのお通夜、葬儀では、着物の喪服を着ていた叔母が、長年連れ添った叔父の時になったら洋装だった・・・。
私が思い悩んでいたのは、もっと前のことだが、その姿を見て、「喪服と和装小物の確認は、急いでも悪い事ではないな。」って、決意するきっかけでもありましたね。
1年近く経って、ようやく、動き出せた次第ですが・・・。
やはり、「透析を拒否してしまえば・・・」と言われると、確かに選択権は母にあるのだけど、切ない気持ちになりますねえ。。。