11:30から叔母の北大病院眼科の付き添い。
幸い叔母の目は大事無かった。
お会計待ち中に、弟から電話。
「あ、おねーちゃん?今、病院から電話があってさ」
ものすごく嫌な予感。
明日、コロナ隔離期間が終わり、一般病棟に移る予定だよ?
「お昼くらいから、急に悪くなって、肺の数値も悪いんだって」
え?だって、だって、昨日まで肺の機能も数値が100になってるって
言ってたじゃない。
「また、電話があると思うけど、今はそれだけ。
病院に行っても面会できなって」
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叔母を急かせて、家に戻る。
父はもう、憔悴と落胆と、覚悟の表情。
「あんたもなにか食べなきゃ」
と食事のことを気にする叔母。
叔母も北大病院でさんざん待たされて空腹なのだ。
私は気が気じゃなくて、「食べる」という行為に頭と体が
反発している。
「叔母さんだけ、なんか食べて。うどんが残ってるから」
弟から電話。
「病院が面会させてくれるって。ただし、5分だけ、二人だけ」
これはもう、最後の面会だ。
父に叫ぶ。
「病院で面会させてくれるって。行こう。
叔母さん、留守番しててくれる?」
(父)「よし、わかった」
(叔母)「うん!」
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車に乗る前に、とうとう父に言う・
「あのね、ママね、コロナの院内感染なんだ。
だから、5分しか会えないの」
父のショックな顔。
息を引き取るまで側にいられると思っていたらしい。
(父)「やっぱりか」
(私)「ごめんね、言えなくて」
あと、一日でコロナではなくなったのに、なんてことを
考えてた私は馬鹿だ。ちゃんと伝えておけばよかった。
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病院到着。
クラスター発生中なので、事情を前もって電話しておいたので
直ぐに病棟に入れてくれた。
防護服を着て、母の隔離されている個室に入る。
特別な病棟ではなく、今までの向かいの個室だ。
ドアに「陽性者在室」と赤い張り紙が下ある。
部屋に入る。
呼吸器をつけ、苦しそうに呼吸している母がベッドに横になっている。
枕もとの機器がピーピー言っている。
「ママ!」
父と二人で声を掛け合う。
もうすっかり衰えた母。
呼びかけに反応してくれるが、声は出せない。
頬が冷たい。ビニール手袋越しにも感触がわかる。
髪をなでる。足をさする。
体重は29kgを切っているらしい。
ずっと声をかけていたが、はあはあ言う呼吸で
懸命に反応してくれている(ような気がした)
「がんばれよ、がんばれよ。大丈夫だから」
父もずっと呼び掛けた。
「5分経ちました」
との看護師さんの声。
ああ、母とお別れだ。
いきなり心が乾いた気がした。
防護服を脱ぎ部屋を出る。
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看護師さんから、このまま亡くなった場合の説明を受ける。
顔だけ見えるビニールの袋に収められるとのこと。
亡くなって、直ぐに病院にくれば、最後に会えるとのこと。
決まった葬儀会社がなければ、札幌市の「コロナ関係」を
扱う業者を教えてくれるとのこと。
無感覚で聞いていた。
「弟に合わせたいのですが、いいですか?」
困惑した看護師さんの顔。
すでに16:00。
夜勤交代の時間で、もう看護が手薄になるので
来ても防護服着用などの用意ができないので無理と言われた。
そこをなんとか、懇願すると、困った顔のまま
「私、16:30までなんですが、17:00までに来てくれれば。
それまでお待ちします」
弟にメール。すぐにこれから地下鉄に乗る、とのこと。
福住の駅まで迎えに行く。
(父)「途中でウィスキーを買う、そこでおろしてくれ。
歩いて帰る」
ああ、ごめんね、ごめんね。
(父)「まさか、コロナとは。葬式できないじゃないか」
ああ、ごめんね、ごめんね。
ずっと隠されていた父の気持ちを考えると、時間を戻して
やりなおしたい。でも、コロナの院内感染、と聞いたとき
私はものすごくショックだった。
ただでさえ、自分の脳腫瘍でいつ、自分が旅立つのか、不安な父に
そんなショックを与えられない。
言えなかった、ずるいけど、弟に言う役を押し付けたかった。
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叔母を家に送り、弟と父と今後のことを話し、
とにかく今晩は連絡待ちで解散。
弟を北広島まで送り、帰宅して簡単な食事を作る。
父に再度謝る。
(父)「あ?もういいわ、そんなことは。それより、葬儀は
お骨になってからできるんだよ?
それでいいわ」
ちゃんと現実を受け止めている。
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その夜は、眠ったけど、眠れなかった。