娘がオモチャの1つを無くした。

それは娘にとっては
山のように積み上がってるオモチャの中の1つでしかないのだけれど、

私は入手するのにとても苦労したものだった。





なぜかオモチャ箱や娘の机周辺からは見つからず、いつも家のあちこちで遊び出す娘がどこか検討もつかないところへ置いたか、間違って捨ててしまったのかもしれない。
数年後にひょっこり出てくるかもしれない。

それはもうわからない。




でも今はもう入手が難しいものだし
転売ヤーからは買わない。



残念。。。




でもね
それは元々、娘がどうしても欲しいと駄々を捏ねたわけでもなく、
買ったらきっと喜ぶだろうと、何かのご褒美に渡すべく、私が勝手に大変な思いをして入手したものであって。


そんな何気ないオモチャ(頑張ったご褒美ではあるけど)や、何かのおまけで貰ったものや、出かけた先で買ったお土産なんかがいっぱいあって



だからこそそのオモチャも埋もれてしまうのは必然だし、娘も大事にできないのだ凝視








よかれと思ってしたことは、
実はそれほど必要なことではなかったのだと

自分の子育てを振り返ってみる。






結局のところ、私自身が、
子供の頃に憧れたオモチャや、買ってもらえなかった物など、
そういうものを我が子に買い与えることで、小さい頃の自分を満たそうとしていたのかもしれない。






両親には感謝してはいるのだ。
奨学金無しで大学へ行かせてくれたこと。
大学の時は一人暮らしで生活費も出してくれていたこと。
仕送りまでしてもらっていたこと。
海外留学までさせてもらったこと。



ついでに言えば、我がキョウダイもみんな私大&別々で一人暮らし真顔




小さい頃は、好きなものは買ってもらえず服もお下がりで、お出かけすることも旅行もほとんどしなかった。
ただし、両親共働きで生活にも困らなかったし、キョウダイがいて良かったと心底思っている。






大人になり
親がどれだけ毎日働き頑張ってくれていたのか


子供を持ち
子供を育てるということは決して楽ではないこととか



時代は確かに違うのだけれど

子供の教育費を準備することの大変さも
毎日ご飯を作ることの大変さも


どれも今となっては
両親がどれだけ凄いのか、ということを思い知らされるばかり。




だから、という訳ではないけれども


もう
我が子で小さかった自分を満たす必要はないのだ。


私は、今の私がやりたいことを大事にして、
今の自分を大事にしよう。


子供たちの欲しいまま、大して必要でもないものを買うのはやめよう。
結局散らかって、子供たちに怒る理由の1つになってしまうのだ。


悪循環。







なくて困るという経験も必要だし
失敗する経験も大事。


すぐに先回りしたくなるのを我慢して、
頑張らないことをがんばろ。





子育て、頑張りません!!