喫茶店を出て右に行くと茶色い建物が特徴の駅がある。



そこに向かって歩いていると突然の突風が二人を横切った。



懐かしい匂いがした。



風がどこから運んできたのか、それはオッサンの好きなとても懐かしい匂いだった。



「スゴい風だったね!うん?どうしたの?」



「え?いや…スゴい風だったね、息ができなかった」



目の前を通りすぎた匂いにオッサンの頭は何かを思い出そうとしていた。


懐かしい匂い、大好きな匂い。この匂いはどこで…。



「ね!行こう!」



突然腕を掴まれた。



「あ…行こう」



もう少しで何か思い出せそうだったがオッサンは考えるのをやめた。



それにしても女性はニコニコしている。人なつっこさが印象的だった。



周りから見ると楽しそうなカップルに見えてもおかしくはなかった。



駅に着くと女性は少し怯えた表情だった。



「どうしたの?」



「いっぱいだね」



「人の事?」



「うん…」



すれ違う人々を怯えた顔で追って行く姿はさっきまでの女性からは想像できなかった。



「人嫌いなんだね」



「うーん、なんか警戒しちゃう」



切符を二人分買って一枚を女性に渡した。



「これ何?」



「え!?」



「これ何に使うの?」



「切符だけど…」



「切符?」



「えっと…電車に乗る時にいるんだよ」



「そうなんだー」



女性は切符の事も知らなかった。



改札の前で女性は立ち止まり、周りの人々の行動をじっと見ていた。



「ここに入れるのー?」



「そうだよ」



「うわ!取られたみたい!!」



「向こうから切符が出てるだろ、それをまた取るんだよ」



「本当だ!出てきてる!!楽しいね!」



「そうかな…」



「もう一回したい!」



「降りる時にね」



「降りる時にもできるんだー!」



そんな女性を周りの人々は一瞥しながら追い抜いて行った。



「でも普段なら下通っちゃうなー!」



「そんな事したら怒られるよ」



「でも切符楽しいね!」



女性の無邪気さにオッサンはいつの間にか笑顔になっていた。



まだ何も思い出せないままだが女性の言動は何故かオッサンを優しい気持ちにした。



電車に乗ると偶然二人分が空いていた椅子に二人は座った。



「これに乗って行くんだね!」



「そうだよ、20分ぐらいかな」



「ふーん」



女性はオッサンにもたれかかった。



女性の頭が肩に乗った。



また懐かしい匂いがした。



どこかで嗅いだ事のある匂い…。



懐かしい好きな匂い…。



その匂いと同じ匂いが女性からする。



そんな事を思いながら女性の方を見た。



寝ていた。



あっという間に寝てしまう女性に少しの安らぎを感じた。



知らない間にオッサンも寝てしまっていたのか、目を開けるとすぐに最寄り駅の名前をアナウンスする声が聞こえた。



電車が目的の駅に着く。


「着いたよ」



「切符する!」



「うん」



女性は楽しそうに改札を通った。



「やっぱり楽しいね!」



「そうかなー」



「行こう!」



「え、うん」



女性が自然と家の方向に向かった。



「こっちってよく知ってたね?」



「うん!」



「何回か来た事あるの?」



「いつも見てるから!」



「見てる?」



「ここだー!」



「え!?あっ、そうだけど…見てるって…」



「ここオッサンと初めて会った所だ!」



「ここで?」



「うん!オッサンが話しかけてくれたんだよ!」



「この空き地で!?」



「うん!いい人って思ったんだ!」



そんな時があったのだろうか…。



オッサンは必死に思いだそうとしていた。



続く。