これの続き?かな??
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先日、よくお世話になっている人に
このホロスコープの件をザザっとお話した。
話をしながら、心の中で「……?💡」となる。
10代の途中から
「自分一人で生きてく」という
偏った自立を目指したぱすちゃ。
10年超それでやってきたけど限界が来た。
母親は中学卒業と共に家を出た。
理由を聞いても、ちゃんと答えない
or
答えられない?
昔々に聞いた記憶頼りだと
「母親が嫌いor家が嫌で家を出た。」
だったと思う。
そこから病院勤めをして
准看護師資格を取ったり、
時にはお水の仕事をして生計を立てた母親。
母親も自分で何とかする・何でもする
自立を目指していた時期があるようだ。
最初の離婚理由は分からない。
2回目の離婚理由は
「旦那が働かないから。」
うん。やはり自分で
何とかしようとしていたみたいだ。
母親もわしも、蹴つまずいた理由は
[自分の特性(強み・弱み)を
分かっていなかった・認めていなかった]
[自己肯定感が低い、
手放しに自分という存在の肯定ができない]
等等が一因かと思う。
自分の事が分からずに一人で何でもやろうとする、ヘルプの出し方を知らない。
自己肯定感の低さから依存的な関係を招く。
わしも元彼に依存的な状態やったもん。
幸い、共依存にはなってなかったから、それとなく離れるきっかけができて
そこから憑き物が落ちたようにわしも吹っ切れた。
おかしいのね。精神的に依存してるからか、お金の流れが何か変なの。経済的には自立できる筈だし、金銭を直接搾取されてる訳でも無いのに。
依存してると、するべき思考が当たり前に出てくる。というか、依存状態は自発的思考・意思が停止状態なのだ。
自分はどうしたい?が出てこないし、出てきても相手に抑えつけられて出せなくなる。
この依存的な部分、母親が長年囚われていた点かもしれない。
誰に寄り掛からなくても(依存しなくても)自分はこのまま存在している現実・事実を認めてみる。
助けてもらう事と依存する事は違う。
助けられる事は、生殺与奪の権は自分にある。
依存する事は、生殺与奪の権を相手に握らせている事。富岡さんー!
これを混同していたから、わしは助けてと言えなかったんだ。
助けられていては(依存していては)あの母親と同じになってしまう。。
そもそも。同じだから。
笑
もう既に同じだから。諦めて🤦♀️笑
体質・気質から来る能力値はどう転んでも母親譲りだし、トンビが鷹を産まずに、蛙の子は蛙だから🐸笑笑
同じという事が認められれば、そこから修正できるんじゃないかなあー?ぱすちゃんよ。
幸い、今の環境は
わしの意思・意欲を抑えつける者はいない。
息子??子どもっていう存在は、まぁ一見ハードルに見えるかもしれんが、そんなん言い訳や。
子どもの都合で行動は制限されるかもしれないが、やるべき思考から解放された「こうしたい、ああしたい」という意思・意欲・欲望は、本来は誰にも抑えられる事はない。
唯一抑えるとしたら、自分。
「母親だから」「妻だから」「専業主婦だから」「子どもが小さいから」「お金がないから」「夫も疲れてるから」
だ、か、ら、な、に?????
やりたい事やらない言い訳する暇あるの??暇人?????
自分がやりたい事を無かった事にして封じ込める理由なんて本来ありませんのよ。。
言い訳してたら、結局人のせい。人のせいにしてずっと一生生きてくの、わしはつまらん。
ふぅ。。。。。ここまで強気に書けるくらい
今月はまぁまぁ元気です

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義実家で知らぬ間に用意されてた息子のバースデーケーキ
愛されてるね〜〜〜

まぁ息子は食べられないし、わしもホイップクリームが無理でしたけど
