まずはじめにこのような舞台を用意してくれましたヤクルト球団に感謝致したいと思います。
ありがとうございました。最後まで残っていただきましたタイガースファンの皆様、
ありがとうございました1995年ヤクルト入団以来たくさんの方にお世話になりやってこれました。
私がもっとも影響を受けた方野村監督野村監督にはプロ野球で生きる術を教えていただきました。
若松監督にはレギュラーとしての自覚。
古田監督には中心選手としての責任。
高田監督には選手寿命を延ばしていただいたサードへのコンバート
小川監督には体調面を気遣っていただきベストな状態で試合に臨めるよう配慮していただきました。その小川監督は私の担当スカウトでもあります。
小川監督のもとユニホームを脱げたこと幸せに感じています。
そしてこれまで教えていただいたコーチの方々チームメート裏方さんトレーナー
球団スタッフの方、良い仲間にめぐり合えたからこそ、
ここまでやってこれました。ありがとうございました。
両親には何でもいいから一番になれと育てられ、なれたかどうか分かりませんが
夢だったプロ野球選手になれたのは、親父、お袋のおかげです。ありがとうございました。
妻・知美、プロ野球生活のほとんどを支えてもらいました。本当にありがとう。
陽菜、奈桜、恭佑、実空、お前たちがいたから、お父ちゃん、頑張れました。
ありがとう。
私のプロ野球生活の思い出はやはり3度の日本一です。
個人記録もありましたが、やはり優勝、日本一という瞬間がいまも強く印象に残っています。
今年、スワローズは最下位に低迷しました。
チーム一丸となって、この中から来年必ず巻き返してくれることを期待しています。
小さいころから好きで始めた野球が、プロになり仕事に変わりました。引退会見のとき、
楽しんでプレーしたことは一度もないと言いました。
打てないんじゃないかという不安、エラーするのではないかという恐怖。
今まで楽しく野球をしたことはありませんでした。
しかし引退会見後自分の中で変わっていきました。
代打で出るだけでファンの皆様の温かく大きな声援、拍手を受け
苦しかっただけのグラウンドで私は幸せものだったんだと感じました皆様のおかげで、
グラウンドでプレーすることを楽しく、初めて感じました。
つらかったこと、苦しかったこと、悔しかったことすべてが報われた気がします。
チームが勝ってファンの方々に喜んでもらうことがプロ野球選手の使命だと。

次ブログに続き載せます。。