この春から始まった朝ドラ「風、薫る」は、

日本で最初の看護師の話。


まあ朝ドラに特別な期待は無いけど朝の習慣として見続けている。


今日はヒロインが学ぶ看護婦学校の看護実習の場面。

大学病院で教授回診が始まった。

ヒロインの担当患者は、足の手術を受けた後で、気になって時々患部の足を摩っているが、

教授には大丈夫だと言う。

そこでヒロインは担当患者の足を気にしている様子を話すが、全く取り合って貰えない。

逆に教授の下にいる医師たちに、たしなめられてしまう。


おや。

それ、あったぞ、私も。


まだ18の頃、高校の衛生看護科で准看護師免許をとったあと、

大学病院で働きながら夜間の正看護師学校(現在は看護短大)に通ってた。

教授回診があり、ぞろぞろと教授以下医局員が病棟を練り歩く。


診察と言っても、患者を目の前にし、担当医がカルテを広げて説明するのがメインで、

患者1人の診察時間なんて1分も無かったりする。

※あ、40年以上の話ですからね苦笑今は知らんけど笑


私はまだ入ったばかりの新人で、診察が終わった患者さんの衣類や寝具を直したり、ベッドを座位から臥位に戻したりする係をしていたんだが、

診察が済んだひとりの患者さんから

「教授先生に話したいことがあったの…戻って来て診てもらえないかしら」と頼まれ、

病室を出て直接教授にそれを伝えたのだが、

全く取り合って貰えなかった。


それどころか、医局長からキツく叱られてしまった。

「直接教授の足を看護師が止めるなんてなっとらん」みたいな。

看護婦長も立場ないわな。

「どうゆう教育をしとるんだね!?」

なんて、

看護師詰所でみんなの前で叱咤され、

看護婦長もその場で当然私を叱った(というか怒ってた)。

頭を下げるように言われたと思う。


黙って頭を下げたあと、

自分が間違ったことをしていないのに、それが通じないことが、

悔しくて悔しくてトイレでひっそりと悔し涙を流した。


当時、ドラマのような明治時代でなくとも、看護婦の社会的地位は一般的にも低く見られており、

教授に直接新人看護師が話し掛ける事が大罪のように扱われ、

大勢の人前で晒され叱られるなんてことは、

現代では有り得ない話だと思う。

(え?今でも?現場にいる方いたら良かったらコメントください^^;)


でもこれ、今思えば

自分は間違っていないって自信はあったんだな。だから泣くほど悔しかった。

「困っている人の誰かの声を伝えなければ!」ただその一心だったと思う。


※もし今の私だったら、その患者さんの話をまず聞いて必要があるかどうか判断し、上司か担当医に話すのがベストな選択だとは思う。

教授でなければならない話しでは無かっただろうし、患者さんの不安を和らげるのも看護師の手腕だと思うので(^^;


私は、若い頃から誰かが辛いとか苦しいとか困っていることには、絶対的な正義感や使命感みたいなものを持ってた。

その対象が他人(他者)限定で。

自分が対象だったら全くそうではなかった。

人を助けたいとは思っても、

自分が助かりたいなんて思わなかった。

人に対する思いやりのようなものは、自己犠牲の上にあったアンドロイドの私の僅かな人間味だったかもしれない。

だから、そんなことで看護職をやめようなんて思わなかった。



くくく。懐かしい。

若かったな。

何もかもが手探りだった。

仕事だけではない。

寮生活のための生活道具なども自分で用意した。

人との関わりもヘタクソで

未熟だったと思う。

頼る人など誰もいなかった。

それでも別に辛いなんて思う事は無く、

ただ、世の中の仕組みや理不尽をひとつひとつ知りながら

どうすれば世の中でうまく渡って行けるか、いろんなことへの対処法を学ぶべく、

若さでクリアしてきたんかなって今は思う。

遊びに誘われれば大概のことは断らなかった。

おかげでかなり体力はあったと思う(笑)。


※ただやはり、アチコチ転々としながら迎えた中年期からは、体力も落ち、

燃え尽き症候群の様子を呈しながら、やがて繰り返すうつ病へと転がって行った。



若かりしあの頃を懐かしいと思える今って、

幸せだなとしみじみ思う。

それだけ、私は成長出来たし、

自分を愛おしく思えるようになった、ってことだもの。



ということで、

朝ドラを観て思ったいくつかを書いてみました。


読んでくれて

ありがとう♡