蝶能力ファイター静夫(湯吞み②)
「大きな試合が控えてるからなあ~、、面倒だけどちょっくら行ってくるよ。」
昼過ぎにスポーツバッグを抱えた夫が愛車のハマーに乗り込もうとしている。
余程に気にいった車なのだろう、もう続けざまに5台もハマーを乗り換えているのだ、妻の智美にとってはその戦車のような大きな車体が恨めしかった。
通常に走行するには問題はないのだが、小さなスーパーマーケットの駐車場に停めるのが難しい。
チョット不注意をすれば隣りに停まっている軽自動車にぶつける、、、いや、、踏みつぶしそうなほど大きな車なのだ。
したがって、妻は広い駐車場の量販店にしか行かなくなってしまった、という事実がある。
下町の駐車場事情のあまり良くないお店への買い物は夫の静夫の役割についてなってしまっている。
昭和に建てられた古い木造の一軒家を継ぎ足し、修理し、もう30年以上も辛抱してきていたのだ。
車(ハマー)と高級腕時計とアクアリウム、等、本気で向き合えばなかなかの金高であるのだ、、、
沢山の趣味に命をかける夫のせいで、住宅を新築するなどという感覚は、この草野家には思いもよらなかった。
妻の智美はそれを不満にも思っていたし、また別の一面で趣味に邁進するときの【夫の満足げな表情】を楽しんでる風でもあったのだ。
その古い昭和時代の平屋にハマーが帰ってきた。
「あら、、随分とお早いお帰りですこと、、」
大きな試合の準備だということは聞いていたが、余りにも帰宅が早かったので、智美は慌ててお茶を入れる。
「あなた、、ジムじゃなかったの?」
「ああ、気が変わってさ、、ホームセンターで人工のマリモ買って来た」
「人工の、、?アクアリウムの?」
「うん、金魚ちゃんたちと、プラティちゃんたちの水槽の飾りだよ。」
夫がそういいながら嬉しそうな含み笑いを浮かべながら買ってきたものの開封をしている。
「まあ、あきれた~、、」
声には出さなかったが智美は例の湯吞を夫の前に置きながら思っていた。
練習に行ったのかと思っていたら、ニコニコ顔で趣味の物を買いに行っていたとは、、、
もう50代の半ば、ここまで頑張り続けて来たんだし、引退したっていいはずよ。
しかもプロレスラーという厳しい仕事を、こなし続けて、家族を養ってくれた。
前座や、中堅などではない。
夫はもう20年もトップファイターを貫いてきたのだ。
湯気が上がる、おおきな湯吞を持つその腕は、まるでグローブを思わせ、肩や胸の筋肉はシャツの中に特大のロースハムでも忍ばせているように見えるほど盛り上がっている。
智美ももう数年前に50を超えていたが、夫の鍛え上げられた肉体は、まだまだ妻の女の部分をかきたてさせるのには充分な威力があった。
日本最大のプロレス興業会社
【ミッドマッスル】
そこのエースが、我が夫、、リングネームは
【マグナム吾郎】
なのである
特大の湯吞を持ちながら静夫はアクアリウム水槽に入れた人工のマリモをにんまりと見つめているのである。
つづく。
ご無沙汰しております。
ちょっと腕時計の中身(マシンや電子部品関連)の開発の仕事を頼まれまして。
三月ごろから忙しくしておりました。
開発者チームの下支えのような立場です。
きちんと賃金を頂いているので、真面目に頑張っているうちに、なかなかブログやSNSが疎かになってました。
NASU FOREST WATCH
那須で産まれた腕時計