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青年と彼女の3ヶ月間

とある青年と彼女が過ごした、たった3ヶ月間の幸せな時間。

彼女の人生とその価値。

生きる理由とその終わらせ方。

3/24日曜 夜 青年の自宅


旅行という非日常から自宅という日常に戻ってきた…いや、日常と呼べる程穏やかではないか。
非日常から別の非日常へ。



明日、けーちゃんは消える。



自らの意思で自らの人生を終わらせる。



その決断をした彼女の心中は正直よく分からない。今だって彼女はニコニコとしているのだ。

彼女はいつだって強かった。泣き出したくなるような過酷な環境でも逃げ出さず、ただただ愛する主ちゃんのために全力で戦い抜いてきたのだ。



今夜は2人にとって全てが最後の思い出となる。







何か特別なことをする訳でもなく、旅行で疲れた体を癒すように俺とけーちゃんはベッドで寛いでいる。
一人暮らしの部屋には似つかわしくないセミダブルのベッド。まぁ、今考えると丁度良いサイズだった。今日まで重たくてすまなかったな。また明日からは1人分だから安心しろよ。


旅行疲れからか、いつもより早く眠気が襲ってきたのでけーちゃんとお風呂に入ることにした。
昨日の大きな家族風呂とは違う、アパートの小さな風呂だ。2人で入るとあっという間に浴槽はいっぱいだ。


『ねーねー、青年さん?』


俺に背中から抱きしめられた状態のままけーちゃんは問いかける。


『わっちが消えても、青年さんは元気にやっていける?』


「当然だろ?今までだって1人だったんだ。大丈夫だよ。俺のことは心配しないで笑顔でお別れしようぜ」













そう言うつもりだった。

















けーちゃんは俺のことが好きだ。

だがそれ以上に主ちゃんのことが大好きだ。

人格の入れ替わりはけーちゃんにしか出来ない。つまりけーちゃんが望めば…けーちゃんはけーちゃんとしての人生を歩むことが出来るはずだ。

だがけーちゃんはそうしない。俺とずっと居続けることよりも主ちゃんの幸せを願った。

そんな中、俺が
「寂しいから消えないでくれ。主ちゃんの人生を犠牲にしてでも俺と一緒にいてくれ」
などと言えるはずもない。最愛の人を殺してくれと言っているのと同義だ。ありえない。
言ったところでけーちゃんの決心は揺らぐわけが無いし、けーちゃんに未練を与えてしまうだけだろう。



だから俺が言う言葉は決まっていた。



決まっていたが言葉は出なかった。




けーちゃんの口から「消える」という言葉を聞き、急速に現実味を帯びた別れの時。もう二度と会えない。太陽のような笑顔で俺の事をごしゅじんと呼んでもらうこともなくなる。



本当に最後なんだ。







口を開けば泣いてしまいそうで、俺は彼女の問いかけに答えることは出来なかった。














『えーい!!』

無邪気な彼女の掛け声と共に、顔面にお湯が掛けられる。








顔、見られてなかったのに俺が泣いてるって分かったんだろうな。







全く情けない彼氏だな俺は。
思えば最初から最後までカッコつかなかったな。…なんでこんな男のこと一目惚れしたんだろうなこいつは。






風呂から上がり、寝巻きに着替えた。
俺はいつものスウェット、けーちゃんもいつものジャージ。俺のジャージを貸してるからサイズが合わなくてブカブカなのも可愛かったよ。


洗面所のコップに刺さる2本の歯ブラシが寄り添っている。


俺達も1つのベッドで寄り添って最後の夜を共にした。












3/25月曜 朝




けーちゃんよりも早く俺が目を覚ました。
けーちゃんはまだ夢の中だ。

こんな日にのんびり寝ているのも勿体無いが、彼女は数時間後には1人暗闇の中で眠り続ける予定なのだ。そう考えると、もう少しだけ幸せな眠りを提供したいと思い、俺は彼女の艶やかな髪を撫でながら彼女が起きるのを待っていた。




某有名クレイアニメがテレビ画面に映し出される頃、彼女は目を覚ました。




「おはよう」
そう言いながらキスを交わす

『知ってた?寝起きってバイ菌だらけなんだよ?』
そうおどけて言い放つ彼女はいつもの調子のけーちゃんだった。





ベッドから出て2人は支度を始めた。もう二度とけーちゃんはこの部屋に来ないのだ。忘れ物が無いようにけーちゃんは念入りに荷物を整理した。





昼はけーちゃんの提案で宅配ピザを注文した。
普段ならけーちゃんが料理をするのだが今日はその時間も勿体ないという主張だった。

同棲期間中、色々な料理を作ってもらったな。筑前煮は家庭的で美味しかったな。カルボナーラもしっかり濃厚で美味しかった。まぐろアボカドは初めて食べたが中々ハマった。バーニャカウダソースも自作したな。同棲初日は俺が地元の名物としてスープカレーを作ってあげたっけな。
どれも愛情がこもっていて美味しかったよ。ありがとうな。





昼飯を終え、後片付けをしているとけーちゃんが封筒を渡してきた。


『青年さんこれ、余ったから返すね』


それは同棲初日に俺が渡した現金入りの封筒だった。借金返済や引越し資金を差し引いても余ったから返すという提案だった。


馬鹿な奴め、これはけーちゃんの労働に対する賃金なのだ。余ったからと言って返す必要などない。けーちゃんが消えた後に主ちゃんにでも渡しておこう。
これは貴女の副人格が頑張って働いて稼いだお金ですよ、と。





ついにやるべき事を全て終えてしまった。
時刻は15時ちょうど。
今夜から主ちゃんが彼氏の家で同棲を始めるのだ。これ以上長引かす訳にはいかない。


俺はけーちゃんと向き合う。

けーちゃんも真っ直ぐ俺を見つめる。

ああ、やっぱり可愛いなぁけーちゃん。

くりっとした大きな目に、艶やかなミディアムヘアー。ドクロが付いたパンクなワークキャップ。タバコ姿が似合うライダースジャケット。








本当にこの3ヶ月間、幸せだったよ。

就職で地元を離れ、1人平凡な人生を送っていた俺の元に突如現れたけーちゃん。俺の太陽だったよ。

4年間の君の人生の最後に出会えて本当に良かった。もう少し遅かったらこんな仲にはならなかっただろう。

そもそもあの日、俺が店に行かなかったら?他の人を選んでいたら?けーちゃんが早番のラストで無かったら?

無数にある選択肢の中で俺たちは出会った。
そして一生分の愛情を注いだ。もう今後、これ以上は無いだろうな。



けーちゃん、君は幸せだったかな?















そして最期の時が来た。









「けーちゃん、おいで」





両腕を広げ、けーちゃんを呼び寄せる





その声はしっかりとしていた。





けーちゃんは無言で近付く





けーちゃんの頭がすっぽりと俺の胸に埋もれる










『青年さん…最後は3秒優しく抱きしめて』





『そうしたら私、ちゃんと眠りにつけるから』





そう言った彼女の顔は見えなかった。





ただ、声は微かに震えていた。













「けーちゃん、今まで本当にありがとう」









「一生愛してるからな」








「お疲れ様、ゆっくり休んでね」











そしてけーちゃんを優しく抱きしめる

















3秒間の静寂が訪れる














彼女の肩に手を置き、身を引き離す
















お久しぶりです。こうして会うのは初めてですね。


















それは2ヶ月前に聞いた声だった。