家の中を片付けていたら学生時代に山歩きで参照していた古いハイキングガイドが出てきました!

日本交通公社(現在のJTB)が刊行した書籍

奥付を見ると 昭和50年(1975年)5月1日 改訂3版 となっているので半世紀前のもの!

内容は、いまでも変わっていない部分もありますが、現在では廃道になっていて歩くことができないコースも載っています。 *裏表紙の内側の広告に昔の東武鉄道のロマンスカーが載っていますが、一度も載らない内に廃止されてしまいました。東武博物館で見ることができます。

 

【その1】 武甲山 *秩父のシンボルともなっている名山・・・

武甲山のページです。 現在のコースは、東側の一の鳥居から登って山頂を踏み、西側の登山道を下って秩父鉄道の浦山口駅に向かっています。 このガイドブックでは石灰岩の採掘で現在では消失している北側の斜面の登山道を下って西武鉄道の横瀬駅に向かうコースが紹介されています。 赤枠で囲った部分が該当の記述です。

地形図の『今昔マップon the web』を利用して確認してみます。左側の古地図で青い線で表示したのが消失した古道。 なお、浦山口駅に向かう路も付け替えられていることが判ります。

また、武甲山の標高自体も 1,336m => 1,304m に変化しています。 削った!

※2013年に武甲山を歩いた時の記録です。もちろん現在のルートです。 『長者屋敷の頭』が消失した古道が分岐していた箇所です。また、付け替えられた浦山口に降りてくる路の取り付きポイントの鳥居を見ることもできました。

 

【その2】 富士山 *日本のシンボルになっている山

現在は「吉田口登山道」という名称で4本ある富士山の登山道の中で最も登山者が多いコースですが、この時点では「船津口」という名称になっていて1合目の富士浅間神社から登ってくる本来の吉田口とは区別されています。 また今の6合目には、登山指導センターがありますが、この時代は山小屋が2軒あったようです(「雲海荘」と「穴小屋」)。 現在は、7合目の花小屋が最初にある小屋ですね。 それで、現在と大きく変わっているのは、頂上を踏んだ後に利用する下山道で、この時代は8合目まで登りと同じ経路を辿って戻った後、吉田大沢の中にあった「砂走り」を一挙に直線状に下るようになっていました。このルートは、1980年に発生した大規模落石事故で通行止めになっています。

 =>Wikipedia『富士山大規模落石事故』をご参照 

https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E5%B1%B1%E5%A4%A7%E8%A6%8F%E6%A8%A1%E8%90%BD%E7%9F%B3%E4%BA%8B%E6%95%85&oldid=108121231

 

 

武甲山と同様に地形図の『今昔マップon the web』を利用して確認してみます。左側の古地図で青い線で表示したのが消失した吉田大沢の砂走り路(下山道)で、現在では登りルートの東側のブルドーザー道を転用した緑色のルートが下山道になっています。

2010年に富士山に登った時の記録です。 現代のルートで下山しています。

 

このガイドブックの裏表紙です。小田急のロマンスカーが載っています。小田急の特急は歴代、様々なデザインのものが登場していますが、個人的にはこちらの写真のものが一番馴染んでいます。