子供の言葉、大人の味覚 -7ページ目

子供の言葉、大人の味覚

なすこんのブログ

合格住んでいるところが好き、身の回りの人が好き、だからみんなの幸せを願う。素直にそう思える心のまっすぐな女の子の作文です。

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 チョキチョキ。たなばたのかざりを作っています。おばあちゃんとおじいちゃんの家のまわりはきれいなお花がいっぱいさいています。わたしのおばあちゃんとおじいちゃんの家のよこは林か森のどっちかです。わたしはこのへんの人たちが大すきです。あと場所もすきです。
 弟とおじいちゃんはササをとりに行きました。わたしのおばあちゃんはちょっとかざりを作ったあと、おかいものに行きました。おじいちゃんと弟がとってきたササはわたしぐらいの高さでした。だいたい1時間ぐらいでササをとってきました。もし、わたしがササをとってくるとしたら、もっと早くとってきます。もしわたしだったら2本とってきます。わたしは来年もたなばたのかざりを作ってみたいです。
 おばあちゃんのねがい、おじいちゃんのねがい、弟のねがい、お父さんのねがい、お母さんのねがい、ぜんぶいれました。おっとっと、自分のことを言うのをわすれていた。自分のねがい。わたしはみんなにいいことありますようにとねがいました。こういうふうに書きました。
「わたしのしんせきや友だちみんなにいいことがありますように。」
わたしは力をこめて心をこめて書きました。みんなでササに作品をかざり、それを外にもっていってぼうにしばりつけました。また次のたなばたもこうやってかざりたいです。

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 ぼくは こんしゅうの もくようびに みずたまりを みつけました。がっこうに いくときです。それで そのひはくさとりの日でした。かえるときは ながぐつが びしょぬれでした。ながぐつで みずたまりを ふんだとき、
「ピシャン。」
と おとが なりました。まるで みずたまりは ちいさな うみのようでした。それで くさむしりは ちいさな エコと おもいました。ぼくは クローバーを いちばん たくさんとりました。いえに かえったら ママに
「きたなあい。」
といわれました。

合格どことなく静けさの漂う作文ですね。詩みたいでステキ。草むしりが「エコ」なのは「葉っぱと触れ合うから」だそうです^^

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 私は次のような文を読みました。本来の人間に備わっている好奇心が働き出せば自然に知識欲が湧いてきて、自然に勉強したくなります。そんな様態においてやるのが本来の教育です。しかし、部活だの塾通いだのすべて強制、半強制のわくの中でせかせかした生活をしています。もし心が本来の自由な姿に戻れば人間の想像力が働き出します。想像は創造につながります。そして創造がさらに深まれば、「思いやり」となって人間関係を創造するのです。
 私はこの文を書いた人の思いは最もだと思います。強制、半強制のことだけをやっていたら、本来の自分の好奇心がなくなると思います。なぜこう思うかというと、私もこういう体験をしたことがあるからです。私はいま、メダカを飼育しています。メダカを飼育するにはメダカについての知識が必要です。そこでちょうど5年生のとき、理科の授業でメダカについていろんな授業がありました。しかし、この授業でやったことは全く頭に入りませんでした。まるですべてが夢だったかのようにメダカについての知識はゼロでした。でも、じきにメダカを飼いたくなり、数週間後、メダカを飼うことになりました。でも、メダカについての知識はぜんぜんありません。そう気づいたしゅんかん、私はなぜかむしろ自然とインターネットでいろんなことを調べていました。こうして、私はメダカについて楽しくいろんなことを学びました。
 人間とは物事を強制、半強制でさせられたら、好奇心がすっかりなくなるものです。物事を知るにはまずその物事を好きにならないといけません。

合格「教育」についてよく考えを深められたね。授業をまったく聞いていなかったことについて、こんなに自己肯定的に書ける前向きさも好きよ^^

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