(言葉の森
柏の葉公園教室、作品より)
最後の「私たちの人生は~」の名言は、自分の論理の補強にはなってような気がしますが^^ゞ
まあ、良いです。かたちから入りましょう。そのうち、中身も伴います。
この長文の要約は次のとおりです。今、日常的に使われる「ただいま現在」というは、「予定された未来」を指す。しかし、本来の未来と言うのは何が起こるかわからない、「ああすればこうなる」で約束されていない時間のことである。しかし、母親達は子どもが育ち始めるとその子をどの幼稚園に、どの小学校、中学校、高校、さらにどの大学のどの学部へ行かそうかと考える。こうして現代社会の未来は、ただちに拘束され、急速に失われていく。私未来の準備のために生きるのではなく、今この瞬間を大切に生きることがよいと思う。
その理由は「今」は一回しか生きれないからだ。私が小学生のとき、クラスに5,6人受験生がいた。その人たちはいい中学校に入るため、ほぼ毎日、夜遅くまで塾に行っていた。いちばん仲のいい子は夜10時まで塾に行っていて、授業中は
「学校でやる内容は簡単すぎだから」
と言い、別のことをやっていた。それでいつも、
「もううち塾やだあ、毎日勉強ばっかりして。」
と文句を言っていた。学校の後
「遊ぼうよ!」
とさそっても
「今日、うち塾だから。」
「今日、うち勉強。」
と言っていて、あまり遊べなかった。私が思うには、小学校の時から夜遅くまで塾に行って、学校の授業がつまらないのであれば、ものすごい時間の無駄だ。しかも、小学校でしかできないことは、けっこうたくさんある。その子が勉強している間、他の子は公園で友だちと鬼ごっこをしたり、冬に雪の中を遊びながら学校に言っていたら遅刻しそうになったりと、いろいろなことをしている。中学校になるとわざわざ公園へ行って鬼ごっこをしたり道端で雪を転がして遊ぶのはなかなか難しいと思う。
確かに目標を持って未来へ進むのは大切だし、勉強はやらないと大人になってから、やりたいことができなくなるかもしれないが、「私たちの人生は私たちが費やしただけの価値がある」という明言があるように、勉強ばかりではなく、その時、その時を精一杯生きていくことが自分らしい人生を作るのだと思う。
その理由は「今」は一回しか生きれないからだ。
「学校でやる内容は簡単すぎだから」
と言い、別のことをやっていた。それでいつも、
「もううち塾やだあ、毎日勉強ばっかりして。」
と文句を言っていた。学校の後
「遊ぼうよ!」
とさそっても
「今日、うち塾だから。」
「今日、うち勉強。」
と言っていて、あまり遊べなかった。私が思うには、
確かに目標を持って未来へ進むのは大切だし、


