引きこもる理由は様々だが、全国にいる150万人近い引きこもりと言われる人たちは、社会の痛みそのものではないかと思う。
もっと言うなら、人の物を奪ってでも幸せになりたい、という人のエゴが生んだ犠牲者ではないか?
私には引きこもりという社会問題は、日清・日露から太平洋戦争に至る侵略戦争が大きく影響しているように思えてならない。
精神分析を学びたかった1番の動機とは、
・親の育て方(原因)が、どう私の自我の形成に影響し、引きこもりへと至らせたか?(結果)
そして、
・どうしたら乗り越えられるのか?(健全な自我とは)
という事だ。
父母の考え方〈原因〉
・戦後育ちで家が貧しかったので、共働きをして経済的な余裕が欲しい。
・親は絶対的な存在で、子は親の考えに従い、反抗する事は許さない。
(両親とも自分の親の言う事は全然聞かないけど)
・両親2人して絶対にこうでなければダメ、という思い込みが激しい。
(この絶対正しいってのが本当に厄介)
・子供を自分の思い通りにしたい。
私が小学校に上がると、弟は保育所に行けなくなり、そこから私に対する母の過干渉は異常なほどであった。
(八つ当たりにしか見えない。私の心が歪みだす)
考え方が教祖に従うカルト集団みたいだなと思うのだが、しかし別の見方をすれば、しつけに厳しく仕事はまじめで勤勉、日本人の典型といった印象。
そこに時代の価値観、物がある事が幸せ、核家族化(個人主義、義両親との同居は煩わしい)、能力の高さ=人としての価値、といった思想が付随する。
書き出してみたら、本来の人の生活からはどんどんかけ離れ、こんな家庭がいつまでも続くわけがない。
〈結果〉
親という存在が絶対ではないと気付いたのは20歳を過ぎてからの事だったと思う。
それまでは親の言う事は絶対に正しいと洗脳されてきて、親に反抗するなど、とても怖くてできなかった。
結果、試練が訪れた時にとても打たれ弱い。
親にも誰にも悩みを相談する事ができない。
誰にも私を救えないという絶望。
人間不信に陥る。
そうして引きこもりの人生が始まる。
私がある精神分析の本と出合ったのは10年以上前。
30代前半の時だった。
〈健全な自我とは?〉
・自分の弱さを受け入れられる(泣ける)こと→自信が生まれる
・相手に言うべき事を言える(反撃できる、怒る)こと→許しが生まれる
本の理論の一部を自分に当てはめて解釈すると、
(弱さの表出)
相手が弱さをさらけ出す→同じ目線に立った相手への恐怖が薄らぐ→自分も弱さを出していいと思える→相手に弱さを出せる→受け入れてくれた相手を信頼できる→自信が出る
(怒りの表出)
私が反抗する→親が謝罪する→私の中に、相手に謝罪するという自我が形成される→親を許せる→親に謝罪する→人に頭を下げられるようになる(般化)
また強がっていたら、人に頭は下げられない。謝罪ができるというのは、自分の弱さの受け入れがあって初めてできる。
弱さと怒りの感情は密接に関係しあい、人間関係を築く上での機能を果たす。
自我の形成とは、相手を鏡に映った自分のように感じる事で、相手の要素を取り入れ、自分が出来上がっていく。
本来であれば3歳くらいまでの間に、模倣という形で自我の基礎が作られる。
(三つ子の魂百までも)
しかし私の場合は、母が看護士で私が生後1ヶ月半から職場復帰し、母と接する時間はかなり少なかったので、母からの自我の取入れが不充分だった。母にも愛情はあったが、あまり子供に関心があるという感じではなく、もっぱらお金を稼ぎ自分のエゴを満たす事に夢中だったように見える。また母自身の自我にも問題があった事が、私の自我の弱さの原因だと思われる。
そこに母からの過干渉(早くしなさい、なんでできないの?など四六時中の小言。意に沿わないと頭を叩かれる)も加わり人格に歪みが生じた。
幸いだったのは父は愛情深く、仕事から帰宅するとずっと私たちの相手をしてくれ、ほとんど父に育てられたと言っていい。
(父の性格もだいぶ問題はあり、自己愛性人格障害の傾向がある)
(親以外からも自我の取入れは可能。幼少期の人との出会いはホント大事)
この本を読んで、まず起こした行動は、徹底的に親に自分の意見を言う(反抗する)という事だった。
仕事をしないから、ニートだから、親に何も言えないというのは奴隷と同じだ。
私が物申すと、必ず母の常套句がある。
母)養ってもらっている身で、親に対する感謝はないのか?
私)ない。自分の思い通りに育て、支配してきた親に感謝するなど一生ないと思え。
逆に、自分の人生を犠牲にしてまで、この家族を今まで繋いできた私と弟に謝罪と感謝をすべきだ。
母)!?(唖然)
更に、
私)私も外に出て行けない、仕事ができない、というのは辛いし、私に本当に変わってほしいと願うのであれば、プロのカウンセリングを受けさせてほしい。
そして徹底的に、私を変えるのではなく、母自身が変わる事が重要だと母本人に意識を向けさせる。
始めは私も感情的に怒りをぶちまけるだけだったが、これではいけないと、怒りがどうにも治まらない時は、怒りが治まるまで何日もノートへの書き出しと内観を行なった。
その後、冷静に母に伝える。
また父にもそれと同じ事を行った。
母は弟が精神不安になりだした小6辺りから生涯教育を学び始め、生涯教育の人の助言もあり、私が攻撃的な言動をしても聞き入れてくれるようになった。
家族が何か言えば、すぐに否定で返し、アマノジャク(ミスマッチャー)でどうにもならない頑固な母ではあったが、私と向き合おうとした心意気に私は救われた。だからこその親への苦労を掛けたという謝罪と感謝がある。
そうして、カウンセリングと母との対話により、私の中の弱さと怒りの自我は強化され、何とか使いこなせる様にもなって行った。
結果、人と目を合わせられるようにもなり、バイトができるようになった。
絶対に変わらない親の価値観があり、変わろうと努力して来たが、変えようにも変えられず、親自身も苦しんで来たという事実に、私を理解してもらおうなどという事は諦めた。
人の価値観なんて宗教と同じで変わるなんてほぼ不可能。
自分が経験しない限り、相手を理解する事も不可能。母には、私への理解はもういいから、来世で毒親に支配される経験をしてくれと言い放った。
私もだいぶグズグズと反抗期が長くなってしまった。
子供を育てるうえで、たった数年、子育てより金銭を優先するとそれ以上に痛い目に合うという教訓を肌身を通して感じてきた。
私が子育てで大切にしている事は、家に意識を置くようにする事。
そして息子と向き合う事。
夫との関係、今はそれが問題だ。
課題は永遠に続く…
