a×n。

現実世界とは一切何の関係もありません。理解できない方は閲覧禁止。

 

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その時の頬の熱さを思い出してしまって、思わず手で頬を挟んだ。そうして俺たちは再会して、もう一度付き合いが始まった。とはいえ、中学校の上下関係を考えて、呼び方は「あいばさん」「にの」に変えた。そう提案した時のあの人の拗ね具合は面白かった。
「えー、なんでわざわざ変えないといけないの」
「俺は変に目立って目を付けられたくないんですよ」
「そんなつっかかってくる人いないよ」
「いや、います。俺はそういうのに目を付けられやすいタイプなんです」
「えー……」
明らかに不服そうだったが「にの以外では返事しません」という俺の脅し(?)でねじ伏せた。

そもそもあの人は、なんで俺を構うのだろう。再会した時はそんなに身長も変わらなかったが、いつの間にか向こうはぐんぐん伸びて、今は見上げなければならない。俺の成長期は小学校で終わってしまったから、もうこの身長差が縮まることはないのかと思うとちょっと悔しい。背が伸びるにつれ、あの人はどんどん格好良くなった。顔が小さく手足が長く、ガリガリに見えて意外と筋肉がついている。応援に行った練習試合で、汗を拭こうと引っ張り上げたビブスの裾から見えた腹筋にびっくりしたのを覚えている。夏に3年生が抜けてレギュラーになって以降、俺の周りでもあの人の話題を聞くことが増えた。

そんな人気をどこ吹く風で、あの人は俺とばかり一緒にいる。もちろん学年が違うし部活も違うから、言うほど一緒にいるわけではないけれど、それでも昼休みや休日など、あの人はこまめに連絡をしてくる。俺もそれに律儀に返事をしている。休みの日にスマホを眺めて、連絡を待っている自分に気付く時もある。

そもそも俺は、あの人となんで一緒にいるんだろう。俺にだってあの人ほどではないけれど友達もいて、部活にだって打ち込んでいる。けれどなぜだか、あの人の隣にいたいと思うのだ。

テレビから流れる愛の歌たちを右から左に聴きながらそんなことを考えていたら、ブブブとスマホが震えた。通知欄には「あいばまさき」の文字。急いでメッセージを開く。
『起きてる?』
『起きてるよ』
『明日朝早い?』
『別に?いつも通りかな』
『あのさ、初詣行かない?今から』

「母ちゃん!初詣行ってくる!」
「え、今から!?」
「そう!あいばさんと一緒だから!」
「あ、そう、じゃあ大丈夫ね」
うちに遊びに来たあいばさんを、母ちゃんはいたく懐かしがって、以降とても可愛がっている。この年代の男子には珍しく素直で優しいあいばさんは、おば様受けが良い。

自転車で風を切っていく。耳がちぎれそうに冷たいけれど、気にせず走る。
「あいばさん!」
「にの」
自転車から降りた俺に近づいたあいばさんは、うわ、という顔をして、手袋をした両手で俺の両耳を挟んだ。
「真っ赤になってるよ。痛そう」
ほわっと暖かさに包まれて、しばらくそのまま二人黙って立っていた。
「もう大丈夫。ありがとう」

二人並んで歩いていく。
「寒いね」
「さすがにね」
そんな他愛もない会話をしているうちに神社に到着した。隣の小学校区に引っ越していたあいばくんの家と俺の家の中間にある小さな神社だが、意外と人がいた。列に並んでお参りの順番を待つ。遠くから除夜の鐘の音が聞こえてきた。

「あいばさん、来年受験生だね」
「あー……言わないで……」
1学年の差は大きい。一緒の学校に通うのはあと1年。その先は分からない。まだティーンエイジャーの俺たちにとって、数年先の未来は先のこと過ぎて想像ができない。この人は、どこの道に進もうとしているのだろう。それを訊いてもいいのだろうか。

お参りの順番が来る。ちゃりん、とお賽銭を投げ込んで手を合わせる。
(どうか、あと1年だけでも、この人といれますように)