http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160203-00000002-withnews-soci

注ぎ口からお湯だけを捨てれば、湯切りも簡単にできるというものです。

 ネット上で、この方法が紹介されると試す人たちが相次ぎ、「天才的すぎる」「早ゆで&ザルいらず」「掃除がめんどくさい」「壊れちゃうだろ」などと話題になりました。

ティファールの販売元は

 電気ケトルでうどんをゆでることについて、ティファールの販売元である「グループセブジャパン」の担当者は、こう話します。また、うどんの場合はでんぷん質の泡が出てしまいます。

「電気ケトルうどん」ネット簡単と話題に!ヤケドや故障になるとは?
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20160202-00000261-fnn-bus_all

文部科学省は、全国の高校3年生を対象とした英語力の調査結果を公表し、「話す」、「読む」などの技能で、依然、7~9割が、中学卒業レベル以下であることがわかった。
この調査は、文科省が2015年、全国の国公立学校に通う高校3年生およそ9万人を対象に、英語の「読む・聞く・書く・話す」の4技能について、試験を実施したもの。
調査の結果、「話す」では、中学卒業レベルの人数の割合が89.0%にのぼったほか、「書く」は82.1%、「聞く」は73.6%、「読む」は68.0%と、前回の調査より改善が見られるものの、依然、割合が高いことから、文科省は引き続き、コミュニケーションの向上などに課題があるとしている。
また、今回は初めて、中学3年生およそ6万人を対象とした調査も行われ、国が目標とするレベルを達成した生徒の割合が、「書く」で43.2%となる一方、「聞く」で20.2%となるなど、技能によって、ばらつきがあることがわかり、あらためて指導のあり方に課題を残す結果となった。

高3 スタンダードレベル英語~文法編~
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160202-00000096-san-soci

警察当局は、新たなトラブルの火種になる可能性があるとみて警戒を強めている。警視庁が昨年10月、受け子の男から現金500万円を脅し取ろうとしたとして、恐喝未遂容疑で逮捕した男3人はこう言い放った。

 受け子の男は昨年6月、東京都内で80代の女性から500万円を受け取ったところ、取り子の男に殴られ金を奪われそうになり、交番に駆け込んだという。受け子の男は詐欺容疑で逮捕されたが、この男から金を脅し取ろうとした男ら3人も逮捕された。だまし取る算段がついた段階で受け子が出向き、金を受け取る傾向にある。横取りされた受け子の大半は警察に被害を届けられず、泣き寝入りせざるを得ないのが実態で「水面下の被害は大きいはず」(捜査関係者)という。警察庁幹部は「繰り返し通用する手口ではないが、トラブルの原因になりかねない」と分析している。

相手が犯罪者だから 振り込め詐欺“受け子”に恐喝未遂
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160131-00000010-kyt-bus_all

 滋賀県近江八幡市伝統の「八幡靴」を手がける市内の企業が、注文者の足型から作るフルオーダーシューズを少しでも安く提供し、良さを知ってもらおうと、足型製作に3Dプリンターを使った靴づくりに取り組んでいる。
 八幡靴は手縫いの革靴で、同市を拠点に活動した米国出身の建築家、ヴォーリズも愛用した。
 3Dプリンターを使うと、専門業者に外注し早くて1週間ほどかかる足型の製作期間が数日になる。また費用も大幅に削減でき、一般的に安くても10万~15万円する販売価格が7万円程度から可能になった。問い合わせは同社TEL0748(37)5451。

3Dプリンターで靴づくり、伝統の滋賀・近江八幡。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160131-00047673-gendaibiz-soci

 1月28日、国交正常化60周年を記念してフィリピンを御訪問中の天皇、皇后両陛下が、フィリピンに在留している邦人と御接見された。その中に、両陛下を前に万感胸に迫る人々がいた。「フィリピン残留日本人」と称されている日系人連合会の関係者である。ある者は思わず、両陛下の姿を見て号泣したという。

 その涙の背景に、戦後70年間も日本に見放されて来た慟哭の歴史があることをご存知だろうか。「フィリピン残留日本人」とは、戦前にフィリピンに移民として渡った日本人や旧日本軍の関係者がフィリピンで現地の女性と結婚してもうけた子供たち(2世)だ。

 日本人の移民は、アジアだけでなく、ブラジルやペルーといった南米も含めて世界中にいると言っても過言ではないし、旧日本軍関係者の残した子供たちは、フィリピンに限らず中国やインドネシア等、アジア各地に存在する。しかし、フィリピンが他の地域と異なる点が一つだけある。それは、「無国籍」の状態で放置されている日系2世が多数いるということだ。その数は今なお約1200人にも及ぶと言われている。

 ではなぜ、現代のフィリピンに、日本人の血を引く「無国籍」の人々がこれだけ多くいるのか。他国の「残留日本人」に比べて、あまりに知られていない「彼ら彼女ら」の歴史をたどってみたい。

 もともとフィリピンは日本人にとって、最大の移民先の一つであった。1903年(明治36年)、当時フィリピンを植民地としていたアメリカによってルソン島北部にあるバギオが避暑地として開発されることになり、そこに至る「ベンゲット道路」(ケノンロード)の開発に従事するために、2000人以上にものぼる日本人が労働者として移住したのがその先駆けである。

 道路完成後、彼らの多くは、マニラ麻(アバカ)の産地であるミンダナオ島ダバオをはじめとするフィリピン各地に分散、定住するようになる。1930年代後半には、日本移民は2万4000人にも達していたとされている。つまり、戦前の東南アジアで最大の日本人社会が、フィリピンにあったのだ。

 当時のフィリピンには、外国人による土地所有の規制があったので、定住し土地を開墾しようという日本人はむしろ積極的に現地の女性と結婚し、フィリピン国籍の取得が進んだと言われている。

 しかし、そうした在フィリピン日系人社会は、戦争の惨禍に巻き込まれていく。

 1942年1月の日本軍フィリピン占領後、日本人移民の多くは徴兵されたり、軍属として採用されたりして、日本軍による統治に協力するようになる。抗日ゲリラ摘発等の「先兵」とならざるを得なかった日系人らに対する、現地社会からの敵視と憤怒の念が生まれたのは、その時である。

日本人の証を求めて、父の生まれ故郷に 比残留日本人