京都に着きました。
父と弟が車で迎えに来てくれました。
何があったの!?
と経緯を聞きました。
元気にしてたんや。
3月30日の昼食をワシが作ることにしてたから、その前にお母さんは洗い物をしてたんや。
ワシは新聞を読んでた。
そしたらいきなり、ドーン!と大きい音がしたから、何か床に落としたんかなと思って見たら、お母さんが倒れてたんや。
父「おーい!どうしたんや?救急車呼ぶか?」
って言ったら
母「うううん…」
っていうから、呼ばなくてもいいってことかと思って、毛布かけて
父「そこでしばらく寝とけ」
って置いといたんや。
日曜日やったし、次の日の月曜日に病院に連れて行こうと思ったんやけど、23時ごろになって、これあと6時間以上ほっとくのはまずいかなと思って、救急車を呼んだんや。
救急隊が母を見てすぐ
「脳梗塞の症状ですなぁ」
そして第二日赤に運ばれたということです。
最初、父は、夕飯の支度のとき、18時ごろに倒れたと言っていたのに、主治医から昼食時と聞かされ、半日ほったらかしたのかと、もう怒りですよね。
母が唸ったから、意識があると判断したとのことです。ちゃんと日本語が言えてない時点で「意識なし」ということだと知りました。
病院で主治医の話を聞きました。
完成された左の脳梗塞。
完成されたって初めて聞きました。
その後、母の病室へ。
寝ていました。
点滴されて。横向きで。左手にグローブはめて。
寝ているのではなく、意識がない。
「お母さん、来たよー」
と声をかけましたが、起きません。
見た目は普段と変わらないのに…
ショックというか、どうなるんだろうと困惑?そんな感じでした。
主治医からは、脳の腫れが続いて脳幹まで塞がったら呼吸が止まる。
腫れが万が一治まっても、言語を司るところがやられているので、リハビリも難しい。
山場はこの2、3日。
など話がありました。
ここから長い先の見えない日々が始まります。














