サムライの恐ろしい愛 | 日本空手道 葉隠塾東京本部 瞬機必殺の理

サムライの恐ろしい愛

 『サムライの恐ろしい愛』

新渡戸稲造の武士道に、


『武士の仁愛は他の者の仁愛と異なる訳ではない。
しかし武士においては正義を忘れない仁愛があり、
その背後に,相手に対する生殺与奪の権力を有した愛なのである』と綴っています。



何か、わけ判んない気持ちにさせられるかも知れませんが、
ここでは少し表現を変え、お伝えしたいと思います。



先ず、説明にこんな難解な言葉はありません。
単純に表現すれば、生かし、殺し、与え、そして奪う。
と云うことですが、武士道でのそれはまた少しニュアンスが違うのです。



それには愛がありながら、サムライの正義を優先する権力が付いて来るのです。
心に、愛があるから生かす権利も、また殺すことも権力者の思い通りと言うこと
なのです。



『良いな。我が愛を与えよう。
なれど、必要な時には裸となり、我が為に命も投げ出せ。』と言う
権力者の独善的強制なのです。
すなわち、これこそサムライの持つ『生殺与奪』の恐ろしい観念です。
意味:生かし、殺し、与え奪う。
道場のHP、武士道の欄に4月7日、詳しく掲載。

すなわち、

僕は『生殺与奪』と聞きますと、直ぐに思い出すのが織田信長です。
明智光秀には分以上と思われる出世をさせました。
一介の浪人の身から、領地も城も与えられたのです。



しかし、信長は自分の都合でその両方を取り上げました。
心では、『待て。悪いようにはせぬ』だったのでしょうが、
やられた方は酷い、横暴だ。となります。


結果、光秀は信長を討ちました。




しかし、現代でもこの『生殺与奪』を行う個人も会社はあります。

昨日の社長も今日は平社員。そんな話はいくらでも聞きます。

権力者の身勝手こそ今日に残る『生殺与奪』と呼べるでしょう。


葉隠塾  成嶋弘毅



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