あれは夢か幻だったのかな、と思う話があるんだ。聞いてくれるかい?
僕がAKB48に初めて作曲家として採用いただいた「BINGO!」は、彼女たちの4枚目のシングルとして、2007年に発売された。当時AKB48は大ブレーク前夜、だったから、オリコンの最高位も6位、と後年の彼女たちと比べるとやや控えめな結果だったんだ。(それでも僕にとって初めてのトップ10ヒットだったから、飛び上がって喜んだよ。)
その「BINGO!」を皮切りに次々と採用いただいた。その数、約2年の間に9曲。なかなかだよね。しかしながら、AKB48が国民的アイドルになった2009年以降、僕の曲の採用はぱったり止まったんだ。僕はコンペに挑戦し続けていたんだけれどもね。
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不採用の日々にあえいでいたその時期、秋元康先生からメールをいただいた。いや、混濁した記憶の糸をどうほどいても、秋元先生から僕に直接メッセージが来る道理がないし、当時はお会いしたことはもちろん、メッセージのやりとりすらなかった上に、手元にそのメールも残っていない。
だからね、きっとあれは夢だったんだと思う。
その「夢の中の秋元さん」は、こう僕にアドバイスをくれたんだ。
成瀬君、もっと力を抜いて、自分らしく書いたらいいんですよ。ビートルズですよ、ビートルズ。「会いたかった」も「She Loves You」なんですから。
AKB48のメジャーデビューシングル。今ではスタンダードの風格。
あのジェフ・エメリックも「She Loves You」こそがザ・ビートルズであると、その著書で記している、あまりに鮮烈な大ヒット曲だ。
そう言われてみれば、どちらも「斬新なキーワードを3回繰り返す」+「Yeah!(Yes!)」の構成でサビ頭から始まる。そしてどちらも、信じられないくらいにキャッチーだ。
そうか、一から新しいものを作ろうと躍起になるのではなく、先達の作品にこそ新たなヒントがあるのだ、ということを、夢の中の秋元先生は僕に伝えようとしてくれたのだな。
そして、キャッチーであることを恐れない。ヒット曲というのは、初っ端から、リスナーの心を鷲掴みにすることが大切なのだ。と。僕はそう解釈した。
夢の中でのアドバイスとは言え、僕は今でも金言として心に留めているんだ。
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2010年。AKB48はついに、その存在を全国に知らしめる決定打を放つ。
これぞ国民的大ヒットAKB48「ヘビーローテーション」。君も知っているだろう? 改めて聴いてみてほしい。こんなに美しいポップソングには、そうはお目にかかれないと僕は思うよ。完璧だ。
この曲がリリースされて、日本で一番悔しがった作曲家はおそらく僕だろう。「ヘビーローテーション」は僕が書くべき作品だったんだ。このシンプルにして強いメロディ。これこそが僕が頭の中で、彼女達のブレークのために思い描いていた理想の楽曲だった。
作家は皆、自身の理想の音楽を鳴らすために作品を作っている。未だこの世に存在しない自分の理想の音楽を。僕にとって「ヘビーローテーション」はそれだった。ご機嫌なカウントから始まる構成も、パンキッシュなエイトビートのギターサウンドも、オールディーズ風味の掛け合いコーラスも、これぞまさに温故知新型、日本の新しいロックンロールだ。自分の描いていたものを先にやられてしまった。こんなに悔しいことはない。
2010年は結局、一曲も採用がなかった。何曲書いて提出しただろう?月に5曲としても60曲だ。いや、そんな数ではきかないかもしれない。
「ポニーテールとシュシュ」「ヘビーローテーション」「Beginner」と続く、AKB48の大躍進の年に僕は一曲も採用がなかった。ビッグチャンスをみすみす逃し続けていた気がして、焦っていたよ。
深夜、テレビに向かって「頑張れ!AKB!」と祈る思いでブレークを願った、仲間のように感じていた彼女達がどんどんスーパースターになってゆくのに。
もちろん、コンペに曲は提出し続けていた。今までで一番数を書いていた。しかし、書けども書けども、良い知らせは届かない。
スランプに陥ったわけではないさ、と、たかをくくっていた部分もあった。そのうち、また風向きも変わるさ、と。しかし「ポニーテールとシュシュ」がリリースされ、その楽曲の圧倒的な存在感と、MVの彼女達のメジャー感に、僕は圧倒されてしまったんだよ。
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その名曲、「ヘビーローテーション」にはエルヴィスへのオマージュが捧げられてもいる。そこも僕が「やられた!」と思った一因だった。「I Want You, I Need You, I Love You」。
「ヘビーローテーション」は僕が書きたかった。今でもそう思っている。
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2019年3月9日(土)
『土曜の夜のサンキュー・ミーティング』
下北沢 風知空知
出演:成瀬英樹
特別ゲストあり!
開場17時00分/開演17時30分
予約 2,500円/当日 2,800円
●メール予約:風知空知 yoyaku@fu-chi-ku-chi.jp
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